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2011年10月

2011.10.13

スピリットにゆだねる

スピリットにゆだねる・・・やっとそれを体得し理解するレベルに到達したという実感がわいています。

今年の初めに、今まで私を3Dにがんじがらめに縛っていた仕事を手放し、次にその仕事の代わりになるものを探さなければならないと思いながらも、ずっとそれをせずに今日まで来たのには、ちゃんと理由があったのだと感じています。

この4―5年、あまりにも忙しかったため、自分がとてもくたびれてしまっているせいで、仕事を探したり新しいことを追及したりする気力がないのだとか、何かを始めようとしていた矢先にあの大震災があって、ショックで何もする気にならなくなったのだとか、自分でも重い腰が上がらない理由は何なのだろうとここ数カ月自問自答を繰り返していました。

ある日は、「自分自身のたましいが望むこと以外はやりたくないから、生活のためにあまり興味を持てないであろう仕事などをしたくない」と決意し、またある日は、「このまま生活がままならなくなってしまったらどうしよう」という恐怖を感じ、またまたある日は、「こんなに楽ちんな(コミットメントは週に2日であとはブッキング次第という気楽な)生活をしていて、良いわけがない」と思ったり、だからと言って「見えない将来に対する不安が少し軽減する」という理由だけで、本当には望んでいないことに時間とエネルギーを費やすことは私のたましいが望んでいることではないはず、と思ったり、またそう思うのは屁理屈なのか、と疑ったり、これは楽をして生きたいと思っている私のエゴなのか、それとも真にたましいが望んでいることなのか・・・・・・云々。そんな風にある意味においてはとても重要だけど、ある意味においてはとてもバカバカしいとも言える葛藤を持ちながらも、結局はそのままここまで来たのでした。

その間、心のどこかで、私は自分のマインドとメンタル体に挑戦しているのだと感じていました。

過去何年間は「感情」に焦点を当てて、自分が感じていること、理屈では表せない「好き」と「嫌い」を見つめ、理解することを行ってきました。そして感情は理解するものではない、感じたら感じたままを受け入れれば良いのだと、その受け入れが自然に出来るようになってきました。そうなると次は、何かというと理屈っぽく私に挑戦してくるマインド、メンタル(精神)体について見つめるようになりました。

コントロールフリークで、子供のころから大人顔負けの屁理屈で人をねじ伏せて来た私にとって、このマインドからの縛りを解放することは、とてもとても大きく、重要なステップです。

精神体が感情体より厄介なのは、たましいを曇らせて本当の自分や自分にとっての真実を発見する邪魔をするからです。別にマインドに悪意があってそうしているわけではなく、精神体は、私という存在をコントロールしているのは私(のマインド)であると固く信じているからに他なりません。

高次の自分に繋がり、他次元に同時に存在するということを理屈としてではなく、そういうものなのだとわかってくると、私という存在をコントロールしているのはマインドではなく、私という存在はスピリットそのものなのだと実感できるようになります。そしてすべての思考、エゴ、屁理屈、皮算用、計算などを作り出す小さな自己のマインドは実は何もコントロール出来ないのだと悟ります。コントロールしている気がしているのは単なる幻影です。実際には私という存在は誰も何もコントロール出来ないし、する必要がないのです。私はスピリットにすべてを委ねて、ついて行けば良いのです。これはやりたい放題やればいいというエゴ主体の生き方とは違います。たましいが成長して存在の波動が上がっていないと、この「スピリットにゆだねる」という真の意味を理解するのは難しいのかもしれません。そして、この「スピリット」という概念を正しく得ることによって、私のスピリットは、私自身のスピリットでありながら、すべてのもの、すべての存在のスピリットでもあり、今ここに分離し存在している(と私たちが信じている)私だけのものではないことを実感するのです。

これを理屈でなくそういうものだと実感する時、えも知れない喜びを感じるようになりました。私は今のこの私のままで良いのであって、何もコントロールする必要はなく、将来を不安に思ったり、今に絶望したり、過去を拒絶したりしているのは本当の私ではない、ということが真に分かるのです。

またスピリットにゆだねることを始めた瞬間から、「今、この瞬間」だけを見つめることが出来るようになっていきます。

そんな風に感じられるようになってきたので、なかなかこのブログを更新できなくなってしまいました。思考をすることを停止している、と言ったら大げさですが、もっと大きなものを感じていてなかなかそれを言葉で表現できないのです。

そして分離を経験していることも理解できるようになってきました。他者や他のものと自分は本当は区別できないものであるということも一歩進んだレベルで理解できました。もちろん私はまだ身体を持って3Dに存在しているので、この3Dにおいては他者と自分は別物ではあることもちゃんとわかっていますが、たましいのレベルではそうではないことを実感し、そうなってくるといろんな感情や思考がどんどん溶けて融合していくのです。

3Dに居ることでこのレベルでずっと安定してこのように考えているのは難しいのですが、それでも一度この喜びを味わうと、同じ自分では居られないと感じています。そしてスピリットの声をもっと頻繁に聞けるように、耳を澄ませ、心を開いて、喜びを表現していこうと思います。

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