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    私は意志
  • I am Fixed Design.
    私は完璧にデザインされている

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2009年5月

2009.05.28

排他性と島国根性

この間日本に滞在していたうちの4月の後半から5月の初めにかけて、ニュースは、明けても暮れても「新型インフルエンザ」のことばかりでした。最初のうちは「どんだけ怖いフルー(英語でインフルエンザは、略してflu、フルーと言います)なんだ?」と戦々恐々でニュース見てましたが、そのうち「な~んだ、ただの新しいA型のフルーなだけなんじゃん」と悟り、その後はどちらかと言うと、「半分パニック、半分煽りか?」とも思えるほどの過剰反応の日本のニュースを見て、私の嫌いな日本の側面を「そうそう、そうだった」とこっそり自分の中で思い出してました。

とにかく私がイギリスに戻った5月8日までは、「鎖国よ再び」と思えるほどの態勢で、「何としてもこのフルーの日本上陸を阻止しなければっ!」という、日本人特有の排他性が滲み出ている反応をみて、はっきり言って嫌悪感すら覚えました。

大量に人が海外へ行き来し、外国人も来日する昨今、冷静に考えればフルーの日本上陸は時間の問題ですし、発見当初こそ、メキシコで人がたくさん死んでいたので、かなり危険なのかしら?と思いましたが、その後、普通の人であれば、他の型のフルーと同様にちゃんと治ることもすぐにわかってきたのに、そんな事実よりお祭り騒ぎみたいに、そして犯人探しみたいに、「感染疑惑者が見つかった」だの、「感染者に接触した怖れあり」とか、不幸にしてフルーにかかってしまった人は気の毒な被害者なのに、バイ菌でも扱うかのような過剰反応。はっきり言って辟易してました。そしてニュースによれば診察を拒否する病院が後を絶たないのだとか。それも「外国人の友達がいるから」とか「家族に海外旅行帰りの人がいるから」とか、言語道断です。それこそ治療が遅れれば死ぬかもしれないのに、よくそれで「医者」と名乗れるものだと呆れてしまいました。

案の定ロンドンに戻る日の成田でも、帰りの飛行機内でも、12時間しっかりマスクしてたのは日本人だけ。そしてヒースローについて多方面からの入国者でごった返しているイミグレの列でも、幸いにして早く列につけた私の後ろにどど~っとやってきた同じ飛行機からの日本人だけがマスクして緊張した顔して並んでました。怪しすぎる…(汗)。

イギリスでマスクなんかしていると、銀行強盗とか犯罪がらみの絶対に怪しい人にしか見えないんです。まぁ、確かに「所変われば」ってことで、別にマスクしたければ勝手にしていればいいんです、こちらの人たちから見たら「ただのちょっと怪しい変な人たち」ってみられるだけで、害はありません。ただ私は彼らの深層心理が見えてしまって、うんざりするんです。これは個人的な批判ではありません。日本人の国民性への批判です。

マスクしてもフルーなんか防げません。うつる時はうつるんです。インフルエンザのウィルスは市販のマスクなんか簡単に通りぬけちゃいますから。頑なに12時間、乾燥した機内でもマスクをしっかりつけて、片時も離さないその態度のサブコンシャスは、「私がうつらなければそれでいい」というものに見えますし、なによりも周りの人たちを疑っている、「私以外の人はみんなウィルス」という過剰反応も感じます。

その後このフルーは日本に上陸し、あっという間に何百人に感染したそうですね。5月の初めには、ヨーロッパの中で比較的感染者が多いとされていたイギリスですが、8日に戻った時には、ニュースもそんなことはほとんど取り上げておらず、誰ももうその話もしていなかったです。もちろん忘れられたのではありませんが、死ぬような病気ではないということで、みんな過剰に反応しなくなってだんだん興味を失ったのだと思います。だからたとえ感染したとしても薬飲んで治った人もいるだろうし、医者もいちいち、新型かどうかを判断したりしないのかもしれません。それで公式な感染者の数が増えないのだと思います。

昔からこういう日本の「自分さえ感染しなければ、関係ない」という排他性、もしくは(この言葉嫌いなんですが)島国根性になじめず、彼の国を飛び出した私に、今回のフルー騒ぎはそのことをしっかり思い出させてくれました。外国、それも当時比較的感染が多いとされたイギリスに住んでる私もバイ菌扱い?って感じを受けとても気分が悪かったです(笑)。

島国根性や排他性は、もちろん同じ島国のイギリスにもあります。それもずいぶんといやらしい島国根性だったりするのもあります。だから何も日本ばかり批判しているわけではないのですが、今回の件では、狭量な日本人の潜在意識をまざまざと見せつけられ、かなりガッカリしてしまいました。結局は「日本人は誰も信用したくないし、自分たちの小さな島の中で平和に暮らしたい」というのが究極の本音かな。な~んて思ってしまいました。で、その島の中でも普通の人と違うことをした人(新型ウィルス感染者)は、村八分になって行き場を失うのかな。あのニュースの感じは、「日本を一歩でると、墓場」みたいな感じでしたが、今や国内にも墓場が出来たんですね。本当にお気の毒さまです。っていうかもうどうでもいいです。ちゃんと治療してみんなしっかりなおしてくださいね。

この新型フルー、今年の冬にも猛威をふるいそうですので、今かかった人は勝ち組かもしれませんね。

2009.05.24

試験と緊張

一昨日、アロマセラピーを勉強中の友人のボディとして彼女のモックエグザム(模擬試験)に参加しました。

彼女は、先月の日記に書いたITECアロマセラピーを勉強中の方の同級生で、コースのルールで彼女が私をケーススタディに使えないので、その同級生から4回のケーススタディを受けていました。私を使えない理由というのが、アロマの前の「解剖生理学とボディマッサージ」の資格を取る時のケーススタディを使ったから、その次のアロマでは使わないということらしいです。あまり意味のないルールだと思いますが、学校や先生によっては本当にいろいろ厳しくルールを定めているのでしょうね。

クラスが2つのグループに分かれての模擬試験で、彼女は後半のグループでしたので、学校に着いた時には筆記の模擬を終えて、前のグループが終了するのを待っている状態でした。皆やや緊張した面持ちで、呼ばれるのを待っていましたが、こういうときの時間って長く感じるものです。私はただのボディなのでまるっきりのオブザーバー(傍観者)の立場でしたが、試験の前の緊張というのは全く関係ない人にとってもなんだか嫌なものですね。

ITECの試験って、マッサージなどの実技の最中に試験官が受験者に質問してくるのです。私もITECの資格を2つ持っているのでどういう試験形態なのか知っていますが、ただでさえ試験ということでふだんより緊張していたり気が焦っていたりする時に、実技に集中できなくなりがちな、この「実技中の質問」はやめた方がいいんじゃないかと個人的には思っています。質問も「そんなの筆記試験で聞いてよ」って言うような内容のことばかりで、緊張症の方にはあまり適した試験方法とは言えない気がします。ただでさえ緊張気味のところに、難しい筋肉の名前や精油やキャリアの学名なんか聞かれても、口パクパクになってしまいますよね。

案の定私の友人やそのクラスメート達も、控室で練習していた時には難なく言えていたことが、口パクパクになっているらしく、ちゃんと言えていなかったみたいです(ちゃんと聞いてたわけじゃないですが、スラスラ答えている印象ではありませんでしたので、かなり焦っていたと思います)

試験や大きなイベントのときは、緊張症の方はますます緊張してしまって、普段の力が出せなくなるものです。ちゃんと勉強して知識として知っていることでも本番になると真っ白になってしまって言えなくなるってことは、試験官からしたら「わかっていない」とみなされても仕方のないことです。緊張症の方は、そうならないようにたくさん練習するしかないですね。試験の方法を変えることはできないので、それに自分が合わせて頑張ってほしいです。

IFAの試験は少なくともマッサージなどの実技の実施中には受験生に話しかけることはありません。実技中はそれに集中していただくようにという配慮からです。まだ資格取得もしていない学生にただでさえ緊張する試験中に余計な負担を増やさず、自信をつけてもらうこともその目的の中に入っているからです。でも、どうしてその精油を選んだのか、そして何のためにそのトリートメントやブレンドを選んだのか、をきちんと説明してもらうことはマッサージの前後に必ず行います。そのような状態でさえ生徒たちは緊張していてかなり言葉に詰まったりしています。マッサージ中に聞かれたら、手技も何も全部吹っ飛んでしまうのじゃないかと思うほど緊張している人も多々見かけます。またIFAでは学名や筋肉名や身体の組織名などは、筆記試験でしっかりチェックしますので、実技試験のときにはとやかく聞いたりはしません。

彼女の学校の先生は、とても厳しい先生なのでしょうか、やたらガミガミと生徒に言い聞かせているシーンばかりが目立ち、あれではますます生徒を緊張させ、実力を発揮出来なくなる人が多くなるのではないかと関係ない私でも心配になりました。

「先生」という立場の人は、「生徒」を「コントロールする力」を持つことができる人ですが、この補完療法という分野の中で「良質なセラピスト」を生み出すことを真剣に考えているのであれば、「コントロール」は手放すべきだと思いますが、まあ世の中そうは思わない人、というかそれに気がついていない人の方が多いので仕方ないのかもしれません。

私は幸運なことに、それほど緊張するタイプではありませんので、答えが飛んで「頭の中が真っ白に!」ということはめったに起こりませんが、、それでもちょっと自信がないことなどを見切り発車しなければならないときは、「ボロが出たらどうしよう~~」と緊張します。

学生さんたちの緊張ぶりが伝染したのか、マッサージを受けた割には、その前よりも体が強張ったような気持ちになりました。その後友人のMさん(以前にこちらの日記で紹介した方)から2時間のトリートメントを受ける予定にしていたのですが、彼女の仕事場のボイラーが壊れたとのことで、キャンセルになってしまいました。ガッカリ。

今年私も「C&G7303」というティーチング(教職とは違う教師の資格)の資格を取ろうと思っているのですが、「教えること」に関してとても勉強になる経験でした。

友人には本番の試験もベストを尽くしてもらいたいと思います。がんばってね。

2009.05.18

3年周期

どうも私は大体において3年ごとにいろんなことを変えたくなる傾向があるようです。「石の上にも3年」ということわざがありますが、よっぽどの事情などがない限りはとりあえず3年ぐらいは続けてみて、それから判断しているようです。自分的には別にはっきりと意識して3年と決めているのではなく、そういう風にふと立ち止まって、「そろそろ変え時かな?」とか「もうやめよう」といった気持ちになるのが大体3年を経過したころなのです。

何事も3年ぐらい続けると大体のことがわかってきます。それが自分に合っているかどうか、これで自分はいいのかどうか、といったような考察を意識せずとも自然に行っているのだと思います。3年が過ぎて、同じ仕事を続けるにしても環境を変えたり、アプローチを変えたりしないと、マンネリ化が始まり、そうなるともともと物事を難しく哲学的に考えたがる傾向のある(要するに理屈っぽい)私は、その「マンネリ」に耐えられなくなる訳です。今までの人生の中で、後先考えずに、仕事をスパッとやめたり、突然家を引っ越したり、小さな変化では物足らず、誰にも相談せずに大きな変化を起こして周りを驚かせることをたくさんやって来てました。

良く言えば「思い切りが良い」、悪く言えば「忍耐強くない」のです。

だから私はいろんな経験をした分引出しの中身はごちゃごちゃと多いけど、人に誇れるような「これ!」と言ったアチーブメントがあまりないのかもしれませんね。そういう意味では一つの物事を、20年とか30年とかずっと続けている人たちを、本気で尊敬しています。

そういうことで、今現在の私はひとつの節目を迎えています。ちょうど3年前に完全フリーランスになって、トリートメントルームと訪問トリートメントを主とした活動をしてきたのですが、どうやらそろそろ根本の見直しをしなければならない時期に来たと感じているのです。

訪問トリートメントの方は去年から意識して減らすようにしてきましたので、もうほとんど数えるほどしかお客さんもいないし、このままいくと月にせいぜい2-3回のレベルに減らせそうです。そうなるとこれはもう時々行うバイトみたいなもんですね。

そして一時は自分のビジネスを目的をもって立ち上げようかとも考えたのですが、IFAの仕事が思いのほか忙しく、2010年にはまた大きなイベントを行うことになっているので、それまでは思い切ったことが出来ないような、ちょっと足かせをはめられた気分なのです。この仕事は今現在、私の当初の予想を超えた展開になってしまっていて、もちろん仕事そのもののやりがいなど別の点で利点はあるのですが、ある意味ノーチョイスで縛り付けられているので、自分のビジネスという点で見ると心理的に、そして経済的にかなりの負担になっています。

IFAの仕事もこの秋に丸3年になりますので、私の生活リズムから言うと、見直し時期です。まぁ、イベントやるんならあと1年は頑張らないといけないんでしょうけどね、それまで私の本業の方がこの経済危機においてきちんと機能するかどうか、一末の不安はありますが、まぁ神様がIFAの仕事をやれって言うのなら、そういうことなんでしょう。

危機と言えば、昨年秋のクレジットクランチ以来、年末年始と4月と2回日本に行きましたが、日本で声高に「経済危機」と言っていらっしゃる方達には本当に申し訳ないのですけれど、イギリスの悲惨さを見ていると、確かに停滞しているとは言っても日本が天国に思えてしまいます。それほどイギリスは酷いです。80年代のゴーストタウン化、90年代当初の不況よりも酷いことだけは確かです。イギリスポンドは1年前の約半分になってしまいましたから、日本滞在中はポンド建てにするとすべて倍払ってましたので、すべてがものすごく高かったです。イギリスの今までの好況は金融に頼っていたもので、それが何もかも泡となってしまった今、この国を立て直すのは難しいでしょうね。今日もシティの近くを通過しましたが、なんともはや擦り切れて、消耗したようなエネルギーが、弱々しく取り残されているような感じでした。2012年に本当にオリンピックやったら、それでこの国終わっちゃうかもしれませんね。

…とここまでゴチャゴチャ書きましたが、3年周期の見直しは、実はもう済んでいます。ただまだ私がその見直し書にサインしていないだけです(笑)。

そして、今年からまた3年後は2012年ですよね。アセンションの知識が増すにつれ、今では、地球とともに2012年に人類が集団アセンションすること云々の真偽についてはある意味どうでもよいことになりつつありますが、私にとっても2012年は意味のある年になりそうです。

2009.05.14

思考を超越した意識領域

今まで、ずっと自分の魂の成長を願って、いろんなことにチャレンジしたり、知識をむさぼるように吸収したり、ワークショップに参加したり、新しい技術を取得したり、自分の波動を上げること、魂の成長に貢献できそうなことを試してきました。

自分の魂が渇望している「何か」をずっと探し続けているという感覚が常にあって、それはどんなに手を伸ばしても、届かないという感覚といつも隣合わせでした。探せば探すほど、届かないことを自覚していくような感じです。知れば知るほど、その深遠さにため息をつき、知識が増えて行けば行くほど、自分の進む道の遠さに目がくらみそうになったりしていたわけです。

たくさんの本を読んだり、誰かに何かを教えてもらったり、ふとした日常での学びがあったり、それはそれで意味のあったことなのだと思いますが、もう2年ぐらい前から自分がこの「魂の成長」というテーマにおいて、かなりの飽和状態になってきているのを感じていました。

それは、決して「悟ってしまってお腹いっぱいになった」という意味の飽和状態ではありません。むしろ知識が増すにつれて、自分の求めているものがどんどん遠くへ行ってしまうような、逆説的な状態に陥っている感覚があって、どこかで「限界感」のようなものを感じていたのかもしれません。

そんな私に、新しい道を示してくれるものが彗星の如く現れました。そして一つ大きなステップフォーワードがありました。ここから進むべき道がクリアに現れた感じです。

知識が先走ると、思考の罠にはまってしまい、そこから抜け出ることが難しくなるのだということがよくわかりました。「知ること」は大切なことですし、「考えること」も人間ならば当然のことです。しかしながら、「知っている」だけでは、「考えている」ばかりでは、それをどれだけ積み重ねようと何も起こらないし、そこにとどまっているばかりになってしまうのです。それは私が望んでいることではありません。

かくいう私も、知識のレベルだけなら、もうアセンションが可能なぐらい豊富な知識を持っています。そう、頭ではいろんなことをもうすでに「知って」いるのです。どうやってマカバを活性化させることが出来て、次元を超えることができるかも、実践知識としてはよ~く知っていますし、その瞑想法も人に教えられるぐらい詳しく頭の中に入っています。でも現実の私はまだこの3Dに居て、さまざまな課題を課せられて、波動を上げようにも下からの濃くて重たい波動に自身の存在を引っ張られる羽目に陥っています。

この知識がある意味で飽和状態になっている私が、しなければならないことは、次の意識状態にステップアップすることです。つまりは「思考を超える」ことです。繰り返しになりますが、「考えていても、何も起こらない」のです。考えることをやめて、高次の意識領域に行けるように、訓練をする必要があるのです。そしてそれをするための明確な答えをやっと手に入れることができました。私の無意識はすでに知っていて、私に何度もそれを教えていたのですが肝心の私自身が本当の意味で分かっていなかったのだと思います。

そうはいっても、これも思考の結果に表れた答えなので、ここからは努力して訓練して、時間をかけてその思考を超えなければなりません。これからは「言葉」ではなくて別の象徴として私の魂に語りかけて行かなければなりません。

このことが分かった時に、なぜ私がここ(ロンドン)に居るのかが、嫌というほどよくわかりました。現世の私に大きな影響を与えている前世に私はここイギリスに居て、その時に完了させられなかった大きな仕事を今の私が日本人として、ここイギリスで引き継いでいるのです。おそらくイギリス人としてでは成し得ないことで、かつ日本という国においても成し得ないことなのです。

それにしても、「言葉」で表現している限りにおいては「思考」は超えられませんので、今後そのテーマに関してブログ記事を書くときは、絵でも書くことにしなければなりませんね。絵心がないのがいかにも残念です。よってこのテーマで書くときは、記号で書こうかな。

2009.05.09

Wesak ウェサクの満月

今日は1年で一番パワフルと言われるWesak、ウェサクの満月の日です。実際に満月になったのは3時間ぐらい前で今も100%の月です。

やっと、今度は無事にロンドンに戻ってきました。
土曜日なのにこんなに朝早くから日記書いているのは、時差ボケで6時に起きてしまったからです。私は月に大きな影響を受けるので、多分満月も関係していると思います。

今回の交通機関の大きなトラブルやBAやJRの対応、そしてそれに巻き込まれた人、巻き込まれなくても親切にしてくださった人たち、その時の自分自身の、思考や感情などの反応を観察していて、内省などとともに新しい気づきがありました。

去年ずっと取り組んでいた「感情のマスター」がまだまだ全然出来ていないこと、そしてそのためにはエレメンタルの抑制をしなければならないことがよくわかりました。「感情のマスター」とは感情を無くすということではありません。ただ自分自身のアストラル体(感情体)を理解(精通)し、浄化し、そしてある意味において自分の支配下に置くということです。簡単なようで実はとても難しいことで、この課題に何度も取り組みながら、全然分かっていないし出来ていなくて、何度も反省させられるのです。おそらく何世にも渡り、ずっと無意識に取り組んできていたことを、現世の私が「意識して」取り組まされているのだと思います。

感情そのものやそれにより自分で作り出したコントロール意識に強く振り回されている私自身のそこからの解放が課題です。(すべて私自身が作り出している現実です)これからは、勇気をもってもっと大胆にいろんなことを切り捨てて行きたいと思います。感情体から沢山血が流れ傷つくかもしれませんが、これを超えないと先に進めないということなのです。

アセンションは、100%の努力をもって臨まなければ起こりえないことが、ある意味ようやく本当に分かってきたところなのだと、自戒と自省を込めてしみじみを感じました。そこに座って2012年の12月を待っていても何も起こらないのです。

再び謙虚な気持ちで、進化への道を歩んでいこうと、ウェサクの満月に誓いました。
いろいろな意味で気づきを促してくれた出来事に感謝したいと思います。

2009.05.07

日本人の心のゆとりと日本の公共交通機関

今頃は本当は空の上でなければならなかったのですが、実はなぜかまだ日本にいます。

今日は連休明けの初日で、関東地方は昨日からずっと雨、今朝五時半過ぎに起きた時もまだ雨が降っていました。雨を考慮して早めに家を出ることにしました。朝のTVでは「京浜東北線の事故のため電車が少し遅れている」が私の乗る横須賀線も東海道線もほぼ平常通りと言っていました。

ちょうど私が家を出てから異変が起こったのだと思います。駅に着いて横須賀線に乗ろうとホームへ降りていきましたが様子が変でした。時間は7時15分ごろ、この駅の一番混み合う時間帯です。東京までは横須賀線で行って、そこから成田エクスプレスにのろうという計画だったので、予定より早かったけれどホームに泊まっていた電車に乗り込みました。が既にその時には横須賀線に故障だか事故が起こっていて運転見合わせをしていたのです。

慌てて、向いの東海道線に乗ることにしました。私の乗る予定のNEXは新宿方面から東京に着いて成田へ向かうので、きっと東京に定刻につかなければ行ってしまうと思ったのです。

東海道線は、私がロンドンに移住した理由の一つと言っても過言でないほど過酷かつ悲惨なほどにラッシュ時に混み合う電車です。おまけに一駅の区間が10分以上というのが普通なので、空気も流れず、酷い場所に立ってしまうと本当に悲惨なので、できたら避けたい電車ですが、そんなことを言ってられません。NEXの予約席に合わせて普段乗らない後ろ側に来てしまっていたので、東海道線の一番最後尾の車両に乗りました。その時に気がついたのですが、ホームに止まっている横須賀線のま後ろに、私が早すぎるからと思って予約しなかった7時過ぎのNEXがホームが空くのを待って止まっていました。「あの電車を予約しなくてよかった」とぞっとしながら東海道線に乗ったのでした。横須賀線が止まっている影響もあってか、電車ってこんなに人が乗れるのか?というぐらい人がわっと乗ってきます。大きいスーツケースは宅配で送ったものの小さいケースは持っていた私、通勤の人から見たらいい迷惑ですよね、でも仕方ありません、私のせいではないですし、私も急いでいるのです。

結局東京駅には遅れながらもなんとか予定のNEXに間に合う時間につきましたが、NEXのホームは遠く、人をかき分け荷物を持ちながら聞きづらい電車状況の放送を聞きながら移動しましたが、どうもNEXがあやしいことになっているようです。駅員に聞いても要領を得ない答えばかりで、すぐ来るような回答をする人が多く、そのためとりあえずホームに行きました。着いてすぐには「10分遅れ」との放送もありましたので仕方なくそこで待つことにしたのですがそれから先は、従来の折り返し運転する電車の情報ばかり。15分ほど遅れてNEXがやってくることになりました。ほっとしたのもつかの間、乗り込んだら「出発は9時の予定です」と車内放送。汗が出てきました。このときはじめて「間に合わないかも」と真剣に思い始めました。

で、NEXは出発してからもずるずると遅れ続け結果だけを言えば、本当にBAのbagdropに間に合わず、私はBAのカウンターにいた恐ろしいまでに「慇懃無礼な」女性係員から3回も「一人の遅れのために250人も待たすわけにはいきませんから」と言われる羽目になりました。その後見たニュースでは「360万人に影響」って言ってましたけど、まぁ、成田の片田舎まで行ってしまうと、250分の1になってしまうようです。ちなみに私が成田に到着したのは、BAの出発時刻30分前です。

大きなスーツケースと、小さなスーツケースと、PCの入った重たいバッグを持って、しばし呆然としていた私…。そこに「250人を待たせる訳にはいきませんから」と嬉しそうに(そう思えただけかな?)3回も繰り返すBAの女性。普通の意識状態の私だったらあんな風に一方的に言わせたりはしないのですが、かなりショックだったので、あまり言い返す力がありませんでした。っていうかたぶんそのせいで3回も同じ事をあの人は私に言ったのだと思います。彼女の顔には「遅れるあんたが悪いのよ」「事故があったって、みんなちゃんと時間内に来れてるんだから、こんなに遅れるなんてホント、ダサいわね」と書いてありました。

今思えば、今日の電車故障は最大2時間以上の遅れをもたらすような大きな出来ごとでしたし、たまたまそこに居合わせてしまったのは私のせいではありませんし、乗れなかっただけで十分ショックを受けて、自分の予定を台無しにされているという、彼女から見たら仮にもお客さんである私に向かってそのようなことを繰り返し言う係員を見て、「ああ、何で去年シンガポールに行く時に酷い目にあい、その後のクレームでも嫌な目に遭い、さらに今年の1月の日本からの帰りにもいきなりキャンセルに遭って謝りもしなかったBAになぜまた乗ってしまったのだ」としみじみ反省しました。

私は、そこでゴネたわけでもありませんし、ただ本当にノーチャンスなのかを聞き返したりしていただけです。今回のことはBAの責任ではないですから、彼らを責める気持ちは全くありませんでしたが、私も彼らから責められるべきことはしていません。それどころか、私はちゃんと航空券を買って搭乗しようとしていた客です。私にだけ特別扱いをしろとはいいませんが、もう少しエンパシーを見せるのが、一流企業のカスタマーサービスっていうものではないでしょうか。今までずっとBAにロイアリティを持っていたのは、そこに実は古い友人が働いているからなのですが、その友人の名前など出したくなかったし、逆に誰かの名前を出し手のひらを返したような態度に出られてももっと不愉快になるだけですよね。

私の航空券は変更料を払えば変更できるものでしたので、BAの係り員曰く「満席」なため明日のフライトへの仮予約を入れ、(「満席」の言い方に「含み」を感じたので、おそらく満席ではないのだと思います。今までBAにさんざん乗ってきたので、体質的にどういう風に対処するか、なぜそういう態度に出るのかが良くわかるので多分「満席」ではなくおそらく私に席を簡単にあげたくない理由があるのです。)結局実家に戻るしかないので、2つのスーツケースを一時預かりに預け、今度はJRへクレームをつけに下へ降りて行きました。

そのJRですが、ほとんど私の希望はかないませんでしたが、事故の当事者であるからなのか、おもいのほか丁寧に対応してくれました。しかしながら得たものは1時間近く遅れたNEXの特急券払い戻しと、今日の実家のある駅までの運賃だけです。そして行きに傘を捨ててしまったので傘をかしていただきました。(返さなくてよいと言われましたが、明日も雨のようですね)

明日の成田までの運賃は持ってくれないのだそうです。ちゃんと理由も聞きましたが、最後まで明確な答えはいただけませんでした。JRの組織と政策上のことなのでしょうか、出していただいた片道通行証のようなものを見る限りはおそらくそういう処置は、出発駅からのものしか出せないのだと推測しました。

昔のことと今のことを一概に比べることはできませんが、今日のJRの対応を見ていて、あたふたぶりが目立ち、確かに360万人は恐ろしい数ではありますが、昔は有事にもっと上手に対処していたような気がします。8時20分ごろに東京に着いていた私がなぜ9時過ぎにやっと出発したNEXまで待たなければならなかったのか、あの無駄な40分をなんとかできていれば混乱があっても私は十分成田にたどり着けていたはずです。「通勤電車を優先しているから、さらに遅れる可能性あり」と一言放送してくれれば私はもっと早くNEXに見切りをつけることが出来たのです。NEXに乗っている人間はみんな時間制限のある人たちばかりなはずです。たとえ人数が少なくてもそのことを考慮してほしかったと思います。高い特急料金を払っているのですし、特急料金を払い戻せば済む問題ではないのです。どうしてそういう視野でものごとを見ることができなくなってしまったのでしょうか。こちらもマーケティングとエンパシーが足りていません。日本人特有だったはずのきめの細かいサービスが欠落していて、ゆとりのない独りよがりな部分が多いところが欧米化しているようで残念です。そして一人の人間が決定権を持たないためにずるずると対応に遅れが生じて行くという日本のシステムの悪い部分は脈々と引き継がれているようで、全部の悪いところばかりが目立ってしまっています。

イギリスに帰っても、もう2度と「日本の公共交通システムは絶対に遅れない」などといった戯言を言うことはやめることにします。「あれは酷い、イギリスとなんら変わりがない」とこれからは言うことにします。

2009.05.06

3Dとアイデンティティー

ここ数年は、毎年最低2回は日本に来ていますが、いつも日本を離れる時にとても苦しい気持に支配されます。

この次ここに戻ってくるのはいつだろう?
ここにちゃんと戻って来られるかな?
その時にまた母や妹に会うことができるのかな?

今日は一日中雨が降っていたせいもあって、特にどこにも出かけず家にずっといました。妹も昨晩から実家に戻っていたので、3人共々のんびりと過ごしました。

明日の朝早くにロンドンに戻るために家を出ます。今までに何度これを繰り返してきたか数えられないほどそういう日を経験してきましたが、いつもとてもちょっと言葉では言い表しがたい感情に襲われます。それは家族ともう一度会えるかどうかわからないという気持ちのほかに、もう一度日本に戻って来られるかどうかわからないというような気持も含まれています。

ずっとずっと昔にまだ日本に住んでいて、「ロンドンに住みたい」と思っていた頃には、全く逆の現象が起こっていました。毎回ロンドンを飛び立つときに、理由も分からずものすごく悲しい気持ちになっていました。

実際に成田に向かう日には意外にサバサバしているのですが、その前日辺りが一番感情の波が押し寄せます。私自身の感情と、周りの感情と両方同時に感じています。

一昨日、20年以上の長い付き合いの友人と会いました。彼女とはずっと昔にロンドンでまだお互いに学生だったときに知り合い、それ以来つかず離れずの友人関係が続いています。知り合ってから私は一度日本に戻ってその後また仕事でロンドンに戻ったのですが、彼女はロンドンに居続け、金融関係の仕事について、英国人と結婚し息子さんを出産、2005年に日本に戻るまで19年間イギリスに住んでいました。

19年もイギリスに住んでしまうと、日本に戻って一からまた始めるのはさぞや難しかったことだろうと思います。

一昨日はそんな彼女とイギリスと日本について思う存分話をすることができました。日本でもちゃんと仕事をこなしている彼女に、日頃から本当に感心していますが、やっぱり心の中の葛藤は小さくないようです。

私も彼女もイギリス人と肩を並べてイギリスの会社でイギリス人たちと協調、競争、議論、説得(時には殆ど喧嘩?)をしながら、そして時にはビジネスのみならず、文化的な面での摩擦や張り合いや論争などをしながら仕事してきたことで、ただイギリスに住んでいるというだけでは味わえない経験を否応なくさせられてきたこともあって、かなり考え方に共通するものがあるのです。それはアグレッシブで自己主張の激しい、そしてかなり行き当たりばったりで、実はよく考えていなくて適当ですぐに決定したことを平気で変更する、無責任なイギリス人と彼らの言語である英語で渡り合っていかなければならない訳で、そういう時に意外に長いものに巻かれることが出来ない私は、彼らに負けない強いマインドを持つことを訓練されたのだと思います。

そんな私たちは、もうビジネスマインド的には日本人でもイギリス人でもなくなってしまっています。今の私は会社組織とはあまり関係ないところで働いていますが、ビジネスの現場でのイギリス人との強烈な経験を土台にした英国生活は、否応なく今の私のイギリス人と日本人を見る目の土台になっています。そして私自身はと言えば、はっきり言って「どちらにも属せない」と思うことが多いのです。それゆえ、時にはとても孤独で疎外感も感じます。でもどちらにも属せない。どちらの言い分もわかるゆえに、どちらの言い分も「正しくて間違っている」といつも感じているからです。

日本に来る度に、「日本に帰って来ることになったら」をいつも考えさせられます。つまりそれはある意味私のアイデンティティーについて考えさせられるのです。とても3D的なのですが、ここをクリアしないと私は先に進めないことを知っています。

今回の日本でもいろんなことを学びましたが、これは私の今後の人生の決定事項にまた反映されていくのだと思います。

雨がまだ降っていますが、明日の朝には晴れていることを祈って…

明日からまたロンドンでの私に戻ります。

2009.05.03

日本滞在2009

日本滞在もあと残すところわずかとなりました。
今回は、15日間で7か所訪問というハードスケジュールでしたが、普通に日本で仕事をしていたらなかなか訪れないような場所にも行けたので、とても貴重な経験をしたと思っています。

日本に住んでいた頃から、私は大都市があまり好きでなく、ずっと仕事をしていたにもかかわらず東京は大の苦手でしたし、大阪に至ってははっきり言って「嫌い」な場所でした。大阪は住んだことはないため、街の全容を知っている訳ではないのですが、初めて大阪に行った時にものすごく嫌なことがあって、ずっと馴染めずにいました。以来何度となく、遊びでの訪問や友人を訪ねたり、ロンドンに移ってからもIFAの仕事で行く以前にも仕事で何度か出張していますので、自分が好きでない割には何度も呼ばれている街なんです。

名古屋も親戚や親しい友人がいるわけでもないのに、何度も訪問しています。去年に引き続いて福岡にもまた行きました。福岡から、初めて訪れた鹿児島に移動し、九州を電車で移動する機会に恵まれました。そのほか、数時間の滞在でしたが、神戸にも行きました。そして、今回は京都に3泊しました。

以前に感じていた、「大阪だから」「九州だから」「名古屋だから」という感じはほとんど持つこともなく、どこに行ってもエネルギーの違いは感じても、「日本の都市のひとつ」というスタンスでどこの場所も見ている自分に気がつきました。同行者がイギリス人だということも手伝ったかもしれません。

こんなことを言ったらそれぞれの街や場所にお住まいの方達に怒られてしまうかもしれませんが、殆どの日本の都市は、イギリス人の目線で見たら、どこも五十歩百歩で大して変わらず、多少人が少ないとかややリラックスしている、等はあっても見た目には大きな違いはないのでした。

どこの街に行っても駅や空港は人が荷物を持って慌ただしく移動し、タクシーの列やおびたたしい数のお土産屋さんで埋め尽くされ、そのお土産の内容は違っていても、つくりや雰囲気になんの変りもなく、デパートやコンビニ、スーパーなども名前が違っていても、そいうことは本質にはなんの影響も与えないので、結局はどこも似たり寄ったりになるのだと感じました。

ただ、エネルギーの質に関してだけ言うと、やっぱり京都と東京は他の場所と比べると際立った違いがありました。京都のそれは、脈々とつづく歴史を作ってきたという自負のような凛とした、でもただ力強いだけでなく、今までに培われてきた様々な人間の「感情」を街全体が持っているような不思議なエネルギーでした。東京のそれは、日本の首都である「社会的責任」のようなもっと事務的な感情のように感じました。

Golden_pavillion_temple_1

私の育った街横浜は、個性が埋没してしまってただただ大きな都市と言うだけになり下がってしまっているようで少し残念です。今年は横浜開港150周年の記念の年なんだそうですが、横浜もなんだか東京の露払い的存在になり下がってしまった感じがします。もっと個性を前面に感じられる場所になってほしいと思います。

世界の視線からみると日本の全国都市は似たり寄ったりなんだとつくづく感じました。それは良いとか悪いとかではなく、国として一つにまとまっているという点では日本は稀有な国なのかもしれません。

どこに行っても暖かく親切にもてなしをいただきました。そして細やかな気遣いや配慮を感じました。街の個性も大切かもしれませんが、そういう日本人の世界に誇っていい部分をたくさん感じた今回の旅でありました。

皆様大変お世話になりました。
またいつか皆様にお会いできる日を楽しみにしています。

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