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    私は神なる光
  • I am Love,
    私は愛
  • I am Will,
    私は意志
  • I am Fixed Design.
    私は完璧にデザインされている

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2008年9月

2008.09.26

模様替え

前の日記にも書きましたが、リビングルームの家具を移動させてかなり大規模な模様替えを行いました。まだこまごましたものがちゃんと収まっていないのですが、だいぶ落ち着いてきました。デスクの上にで~んと乗っていたPCもPCワークエリアを作ったので、デスク周りがすっきりして、これからもっとお勉強に励めそうです。(って何を勉強するのかは不明…)

で、そのPCエリアを作るために犠牲になったのが、クリスタルやらお札やらが飾ってあってインセンスなどをたいたりするSacred Area(まあ、ある意味神棚や仏壇や床の間みたいなコーナー)です。それに本当はもっとワードローブを動かしたかったのですが、これ以上動かしたら確実にぎっくり腰になるだろうと思ったのでやめておきました。

以前、この家に引っ越して来たときもいろんな大きいものや重たいものをえっちらおっちら動かしたりはずしたり、付け替えたり、友人に「それは男がやることだよ~」と苦笑いされたことがありました。確かにもう少し力があったらなぁ~と思うことはありますが(違)、年をとっても、体が資本の仕事になっても何でも自分でやってしまいたがる習癖は変わらないですねぇ。それに、誰かに頼んで動かしてもらうとなると、その人に気を使って作業が早く終わらなくなってしまうのが嫌なのと、最初から最終的にどうなるのかはっきり決めないで、動かしながらレイアウトを決めて行くのが好きなので、結局全部自分でやりたいのです。

なので、すごく大変でしたが、とても楽しかったです(笑)。
そして、前の日記にも書きましたが、こういう大規模な模様替えをしたいと思うときは、私自身がものすごく変化を望んでいる時なのです。ただその変化がすぐに手に入らないことをなんとなく感じ取っていて、別の変化を起こしてエネルギーの風向きを変えようと、こういう物理的環境の変
化から着手する訳です。

さて、私は何の変化を望んでいるのでしょうね。

完全フリーランスになって2年半が経ちましたので、私の内部が変化を望む「3年周期」がもうすぐやってきます。仕事の変化を望んでいることはよく分かっています。そしてずっと好調だったイギリス経済もどうやらリセッションが始まっています。不景気になると私たちが提供しているセラピーなどは、レギュラーで必要としている人たち以外の浮動クライアントの数は絶対的に減って行くのではないかと思います。私のレギュラークライアントも、理由は割とはっきりしていますが、数は少なくなってきています。これからもう少しCSTのクライアントを増やしていきたいと思うので、働く場所を考えないといけないと思っています。

ずっともう何年も私に届けられているメッセージで、まだ自分がその気になっていないのか、ほぼ無視し続けていることがひとつあって、それをやってみると答えが出るのかなぁ、となんとなく思っているものがあります。それほど難しいことでもないのに、どうしても自分自身に逃げ道を作ってそれに向かうことを避けてきたのですが、最近はそのメッセージを届ける声が大声になって来ていて、うるさいぐらいです(笑)。

もしあなたが自分自身を向上させたいのなら、瞑想を行い、次いで集中しなければならない。特別な場所に出かける必要はない。なぜなら、もっとも偉大で、最も美しい寺院はあなた自身の内部にあるから。自己の内部で集中することによって、自分のハイヤーセルフとコミュニケーションできるようになる。そしてハイヤーセルフに自分が現世の物理的困難に打ち勝てるように求めるのである。

さてさて、部屋の模様替えは終わりました。エネルギーの流れも変わったように思います。次は座って静かに「その時」が来るのを待つことにしますか。

2008.09.25

ロンドン観光気分

月曜日から普通のルーティーンに戻ったはずだったのに、仕事に行ったら、NoShowだったので、久しぶりにロンドンブリッジを渡って、テムズ川の反対側まで行ってバスに乗ることにしました。

ロンドンブリッジを渡り始めると、セントポール寺院やらタワーブリッジやらが目に入ってきました。「ああ、なんてロンドンな景色…」タワーブリッジを見るたびに、初めてロンドンに来た時のことを思い出します。あれは・・・ン十年まえ、私はまだ10代で初めての海外旅行がロンドンでした。まだ未成年だったので(汗)旅行を手配したトラベルエージェントに親の許可書を提出した覚えがあります。ロンドンに早朝に到着しすぐにした市内観光で良く覚えているのがバッキンガムパレスの衛兵交代と、タワー(ロンドン塔)とその隣のこのタワーブリッジです。

2008_sept_0092008_sept_004_6本当に大昔のことなので、その当時の私と今の私を比べると、大きな時の流れを感じます。あの時はまさか後にロンドンに住むことになるとは思っていなかったですから。でも、あの日 のタワーブリッジも、月曜日に見たタワーブリッジも全然変わっていませんでした(当たり前だけど)。

ロンドンブリッジの反対側はシティの東の端で、モニュメントと言うところ。駅前にロンドン大火災のメモリアルであるモニュメントがそびえています。アロマセラピストになる前まではここで働いていました。なんだかちょっと懐かしいです。

でも、やっぱりロンドンブリッジを渡りきったところあたりから、波動の変化を感じてしまいました。最近の金融危機で、アグレッシブな感じこそないものの、やっぱりシティの波動はなんとなく拒絶したくなりますね。

そのモニュメントから、15番のバスに乗りました。この15番はロンドンの東西のメジャーな観光経路を通って行くある意味観光バス的なので、乗ると結構「ロンドン観光気分」になったりして、昔もっと東のオルゲイトと言うところで働いていた時には良く乗ってました。

バス停についたらすぐにバスがやってきたので、2階席に乗り込み ロンドンの街を見ながらピカデリーサーカスまで行くことにしました。残念ながら2階席がとても混んでいて、写真を撮るのに良い右側が空いてなかったので、あんまり写真は撮らず、ロンドンの街のことを考えながらピカデリーに向かいました。モニュメントからだと、タワーは過ぎてしまっているので、最初のスポットはセントポール寺院です。

2008_sept_010_2そういえば、この寺院の中には入ったことはありません。この間のミラノのドゥオーモみたいにいい波動が感じられるかもしれないですね。今度行ってみようかな。

外には観光客がいっぱいいました。

2008_sept_011その後、バスはロイヤルコートオブジャスティスを通り、オールドウィッチへ、サボイホテルの前を通り、チャリングクロスの駅を抜けると、トラファルガースクエアが見えてきます。ライオンと噴水の前には観光客が鈴なりでした。ナショナルギャラリーの反対側にビッグベンと国会議事堂がちらりと見えて、その次のコーナーはアドミラルアーチ、バッキンガム宮殿がちらっとだけ見えます。そしてバスはさらに西へ向かって私の目的地ピカデリーサーカスにつきました。昔ロンドン出張に来たおじさんが、「ピカデリーサーカスってサーカスをいつもやっている場所だと信じてたよ~、時間があったらぜひサーカス見ようと思ってたのに…」などと間抜けなことを言ってたことを思い出しました。

2008_sept_014_2バスを降りて、裏通りにあるフレッシュアンドワイルド(オーガニック&健康食品と健康グッズのお店)に行ってひとしきり買い物をし、その後日本食料品店で、お米を購入。重たいよ~。

その後リージェントストリートから今度は139番のバスに乗りました。

2008_sept_0192008_sept_020

ここから、リージェントストリートを北に上って、オックスフォードサーカスを通り、オックスフォードストリートへ入ります。このあたりの買い物通りを見ていると一時期の活気がなくなっていることがわかります。人の数も少ないし、買物客の勢いもなさそうです。リセッションはもうやって来ているようですね…。

2008_sept_029オックスフォードストリートを抜けると、その後はベーカーストリート付近を通るのですが、ここの道は一通のため、北上するバスは、ベーカーストリートの一本東を通るので、特にめぼしいものはありません。その後はビートルズで有名なアビーロードの横断歩道を通り、(写真がうまく取れなかったのでわかりにくいですけど、左側に横断歩道で写真を撮ろうとしている人たちが見えます。一帯は住宅地なのでここだけ人が集まっていていつも異様な光景です )さらに北上して、ウェストハムステッドで下車しました。この家に移る前までは私はアビーロードに住んでいました。(と言っても北側なので、高級住宅地じゃなかったですけど…笑)

久しぶりにロンドンの中心地をみて気分がリフレッシュされました。でも街全体が少し落ち込んだ感じがしたのは、やっぱり金融危機の影響でしょうか。でもそのぐらいがちょうどいいのではないかと思います。ロンドンの「金ころがし」事業なんて、エネルギー的にはあまり感心するものではないように思いますので。

イタリアから帰って来て以来自分のエネルギーが上がっていることに気づいていました。家に帰って来て、しばらく前からやりたいと思っていた部屋の模様替えに着手することに決めました。かなり大規模な家具の移動が必要になります。ぎっくり腰にならないように気をつけながら、午後からものをあちこちに移動させ始めました。

私の場合、部屋の模様替えをしたくなったときは、経験的にものすごく変化を望んでいる時なのです。でも時期がまだ来ていないことをなんとなくわかっていて、周りのエネルギーにも変化を支援してもらいたくなって、環境を変えたくなるのです。

月曜日から火曜日にかけてすごい勢いでいろんなものを動かしたり、ガタガタさせたりバタバタ、あわあわしていたので、体のあちこちが痛いです。こんなとき、自分で自分にマッサージできたらいいのになぁ…。

まだリビングルームにものが散乱しています。金曜日は休みなのでゆっくり片付けます。

2008.09.16

聖地と満月

今年に入ってから初めて純粋な休みを取って、ミラノに行ってきました。

まぁ、休暇と言ってもそれほど長く休む余裕がないので、木曜日から月曜日までのロングウィークエンドで、実質4日間の旅行でした。

今回の目的は、私の大好きなフォーミュラ・ワンのイタリア・グランプリを見に行くということでしたので、実際にミラノの街を歩いたのは月曜日1日のみでした。ミラノの街のことを何も調べていなかったため、観光と言っても何があるのかさっぱりわからず、とりあえず有名なドゥオーモへ向かいました。

午前中は少し肌寒く、ドゥオーモに着いたときはどんより曇っていました。有名なだけあって、とても美しい建物です。広場からひとしきり見て、中に入りました。

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中には観光客がたくさんいましたが、ふつうに祈りに来ていると思われる人達もいました。私はクリスチャンではありませんが、神聖なバイブレーションが感じられる教会に入るといつもエネルギーが高まるせいか、嬉しくて幸せな気持ちになります。

本当に久しぶりのホリデーで、それ自体は楽しんでいましたが、あまりにも天気が悪くてがっかりすることも少なくなかったので、感情的浄化と癒しの必要性を感じていたので、ドゥオーモに入った瞬間に感じた高いバイブレーションで、セルフヒーリングを行うことにしました。沢山の観光客はフラッシュをたいて写真を撮ったり、立入禁止区間にも平気で入る人などもいて、入口から半分ぐらいのところまでは彼らのベータ波が気になりましたが、歩いて進んでいくうちに正面からくる高いバイブレーションで、そのベータ波の波動がどんどん高い波動に共鳴していくのを感じ、そして癒しがオファーされたのを感じてそこに座りました。

あっという間にクラウンチャクラが開き、バイオレットの光が入ってきて、瞑想状態になりました。そこで私の中にたまっているどちらかというとネガティブな感情を浄化しました。ドゥオーモの神聖な波動が大いに助けてくれて、あっという間に宇宙とつながることが出来たのでした。それは本当に感動的であり、至福を感じることができました。やっぱり教会などの神聖な場所って、そういうところにつながりやすいのでしょうね。浄化と癒しが確実に起こりましたが、それだけではなく、私のこれからについても強力なメッセージをもらいました。

それはある意味今までにもメッセージとして受け取ったことがある種類のもので、そういう意味においては「知っていたこと」ではあったのですが、ああいうところで受け取るメッセージって本当に心にまで入ってくるので、感情も魂も揺すぶられるし、何よりもメッセージに愛を感じます。

他人の感情を感じることはヒーラーならば必要なことになりますが、時々その他人の感情に対して自分の感情が動いてしまうことが私の課題の一つですが、それに関してももう少しリラックスできそうです。

セルフヒーリングの時間はおそらく15分ほどでしたが、とても重要な時間でした。沢山のヘルプが来たので、これからは迷ったら教会に行ってみようかなと思いました。ミラノまで行く必要はないと思うけど(笑)。

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月曜日は満月でしたので、そのエネルギーも協力してくれたように思います。

夕方ロンドンに向かうためにミラノを出発して、ロンドンについて家に帰るまでずっと満月が見られました。秋の月特有の白くて澄んだきれいな月でした。

大好きなイタリアに行った割には、あんまり「イタリアにいる」という感覚がないままにあっという間にロンドンに帰ってきてしまいました。最近ヨーロッパに行っても、イギリスとあんまり変わらないような気がしてしまいます。英語が良く通じるようになったのと、なんとなくヨーロッパの都市が似てきている傾向があるような気がするのは、気のせいであってほしいです。

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2008.09.06

ソマト・エモーショナル・リリースとアンジェリック・レイキ

ソマト・エモーショナル・リリース(SER)のコースを受講した後、何度かクレニオ・セイクラル・セラピー(CST)のトリートメントを行いました。

そのうち半分ぐらいはSERのセッションになりました。SERは感情解放なので、大抵の場合クライアントは思わず涙ぐんだり、実際に泣いてしまったりします。私もこういうときには別に悲しい訳ではなくても涙が出てきて、その方がその時フォーカスしている解放されるべき感情を身体の同じ部分で波動として感じています。これはもしかしたら私がエンパスだからそう感じるのかもしれません。当たり前のことかもしれませんが、その感情は人によって、解放されるべき物事によって様々な波動を持っているようです。

昨日友人の友人にCSTを施術したところ、SERへと入って行きました。そしてその彼女の「痛み」にも似た感情を感じた時に、SERと同時にヒーリングを行うと効果的だと直感したので、セッションの最後に何も言わずにアンジェリック・レイキ(AR)の短縮版を行いました。SERですでに内なる声などにつながっていたためか、クライアントはとても敏感にARの波動を感じられて、あっという間にマルチ・ダイメンションに存在する自分をはっきりと知覚されているのが、チャンネルである私自身にもわかりました。長い間ためていた「思い」を吐き出すための最後のひと押しがそこで完了しました。

CSTとARの相乗効果が高いことは以前の日記にも書いたとおり、よく分かっていましたが、SERとARの関係は、さらにそれに輪をかけているように思いました。というより、それはもしかしたらヒーラーである私を通すと、CSTもSERもARも同じ波動のヒーリングになるのかもしれません。いわゆるCSTもSERも基本的にはボディワークです。でもアプレジャーも言ってます。「クライアントを前にしたら、心をオープンにして、声を出さずに自分が出来ることをオファーする。クライアントの内なる賢者がセラピストがオファー出来るセラピーの中からその時の癒しに必要なものを選ぶのである」だから、本来はセラピストが「こういう症状には、アロマとか、こんな状態だからCST」とかって決めるべきではないのです。ヒーリングを起こすことができるのは、ヒーラー(セラピスト)ではなくて、あくまでもクライアント本人なのです。

まぁ現実的にはクライアントがセラピーを選んで予約するわけなので、基本は予約されたセラピーを施術することになるんですけどね。

こういう微妙で精妙なものを扱っていけばいくほど、自分のヒーリングに対する要求が高くなっていってます。私もどんどん自分の課題をクリアして、多くの人たちに癒しをもたらす助けが出来るように、多くのクライアントの内なる賢者が私を使ってくれるように良い波動のセラピー・ヒーリングを行っていきたいと思います。

2008.09.05

信じることとグラウンディング

私の大きな課題の一つに、「(他)人を信じること」というのがあります。

もともとあんまり人を信用しないタイプで、若いころは何でも自分でやってしまっていました。そんな習慣が身に着いた理由はいろいろあると思いますが、家族環境が大きかった様に思います。3人兄妹の真ん中で、上は第一子でかつ長男な兄、下は末っ子でちょっと年の離れたかわいい(?)妹。2人とも割と従順で親の言うことにあまり逆らわないタイプ。というより今考えると両親とも強い人達なので怖くて逆らえなかったのかもしれないです。

決して教育にうるさいとかしつけに厳しいとかではなかったけれど、あの人たちの変な哲学「子供はこうあるべき」「人間とはこうあるべき」みたいな「型」がうざったくて、理屈っぽくてちょっと変人系の私は家族の中ではいつも異端児でした。それゆえいつも家族の中にあって「違和感」を感じていたし、「ここは私の居るべきところではない」という感覚をずっと持っていました。たったの4歳ぐらいですでに両親と兄を「私の敵」と感じ、信用していなかったのでした。そして幼稚園に上がるまで、どこからともなくやって来る、寝室の天井のちょうどライトのあたりにいつも浮かんでいる宇宙人たち(?)が私の唯一の理解者だったのですから(笑)。彼らにはそれぞれちゃんと名前があったのに今となっては思い出すことができませんが、でも、ちゃんと「時」が来たら宇宙に連れて行ってもらう約束をしたように覚えています。そして私の潜在意識はずっとそれを信じて来たようです。(今もそうです)。

その得体のしれない「宇宙人」であるエネルギー体は、その後引っ越して2段ベッドの下段に寝るようになった(天井が見えない)のと、幼稚園に入園して同世代の子供たちと関わりを持つようになったためなのか、自然にコンタクトをすることがなくなって行き、ぼんやりとした記憶の彼方に行ってしまいました。

大人になってMind Body Spiritに目覚めてから、その幼児体験が、私の思考の基盤になっているのではないかと思うようになりました。いつも人や物事にrelateすることに違和感を持つのは、「ここは私の居るべきところではない。私は宇宙にいずれ行くのだ」という小さい頃に交わした約束を信じているからなのかもしれないです。

その約束の詳細を最近思い出しました。4歳の誕生日の朝、私は父と2つの契約を交わしたのでした。その一つ目は、「4歳になったのだから、これからは自分のことを「わたし」と言う。」それまで私は自分のことをどうやら「わたし」と言わず「ぼく」と言ってたらしいのです。(記憶にないです)そしてもうひとつは「これからは嘘をついて人を混乱させない」ということでした。それを約束するのにものすごい抵抗があったのを覚えているのですが、それは自分は絶対に嘘をついていないと信じていたからでした。周りの人にどんないわゆる「嘘」と思えることを話していたのかずっと忘れていましたが、おそらく私にはその宇宙人をはじめとしたいろんなエネルギー体が見えていて、そしていつもそれらと会話し、その人たちが教えてくれることを両親にも屈託なく話していたのだと思います。そして現実的な両親は当然ながらそれを理解することが出来なかったのでした。

4歳になったことが4歳の子供にはとても重要な意味があったのか、私はその時子供心に決心したのでした。「今日からその○○(宇宙人の名前)の存在はみんなに秘密にする。重要な情報は言わない。彼ら(両親)は私を信じてくれないから。」100%その存在を信じていた私は、「いずれ私が大きくなったら偉い人になって、ちゃんと私が嘘をついていなかったことを証明して、みんなに○○の存在を教え、私はその時○○と一緒に宇宙に行こう。」と決心したのでした。いやはや、こういうことを信じない人にとっては異常な話かもしれません。でも、現在ではこういう体験が今の私に通じているのだとと感じています。

よく赤ちゃんや子供には天使や妖精が見えているって言いますけど、私にも見えていたんでしょうね(今は別の意味で知覚したりすることがありますが当時とは違うように思います)。そんな私に必要だったのは「グラウンディング」だったわけです。地球に肉体をもって生まれてきて、それに違和感を感じ、relateするのを難しく思うって言うのは、ここに存在することそのものがチャレンジな訳ですよね。本来は大人の言うことを素直に聞き、従順に生きていく方が楽なのかもしれないです。「私は絶対に正しい!!」なんて言い張ったりすることってくたびれるし、辛いことでもあるのです。

もうちょっと人を信頼して生きていたなら、私の人生もう少し楽だったんじゃないかなぁ。そしてこれは今でも続いている課題でもあります。

ちなみに、何でそんな話を今日の日記に書いているかというと…。

来週末に必要な書類を届けるクーリエの配達で、やきもきさせられたのがことの発端です。発送のメールが来てからずっとトラッキングを追っていたので、昨日一度配達を試みたことは知っていました。ところが仕事から家に帰って来ても不在通知がありませんでした。とても大事な書類なのでかなり心配になりました。

結果から言うと今日のお昼頃無事に届いて、事なきを得たのでよかったのですが、何が起こったかというと、

私の家の建物は3件のフラット(アパート)から成っていて、郵便などは共通のフロントドアから投げ込まれ、それをピックアップした人が仕分けします。クーリエは実は不在通知を置いていったのに、それに私の名前(宛名)が書かれていなかったため、下のフラットの住人がピックアップし、何の配達かわからないけどとりあえず今日再送してもらう手配をそのクーリエ会社にしていたそうです。私は不在通知がないことにものすごく不安を覚え、朝一でクーリエ会社に電話して調べてもらい、今日送る手配をしていると聞いて少しほっとしたのでした。

日本の方には到底理解してもらえないと思うので、どれだけ説明しても実感をもってもらえないかもしれませんが、「イギリスの配達」ほどひどいものは世の中にはおそらく「イギリスの修理業」と「イギリスの公共交通機関」ぐらいしかないのではないかと思うぐらい酷いのです。配達日を指定しても平気で配達されなかったり、時間通りに来なかったり、この話を始めるとブログ日記を10個ぐらいかけそうなぐらい、今までに酷い目にたくさん遭っています。要するに「全く信用できない」のです。

クーリエの配達が来るまでの間、私は本当にそわそわしている自分を客観的に見て、可笑しいと笑い飛ばしたい気持ちと、経験的に仕方ないというあきらめの気持ちを交互に体験しながら待っていました。そしてその時に本当に「信頼して後はLet Goさせる」という私の課題について深く深く考えたのでした。クーリエ会社も「ちゃんと配達します」って言ってるんだから、でーんと構えていればいいのに、「ああ、配達時にトイレに入っていたらどうしよう」とか「ベルの音が聞こえなかったらどうしよう」とかそんなネガティブな思考が次から次へと浮かんできました(苦笑)。

クーリエがついた時に下のフラットの住人も出てきて、私の荷物だと知ると昨日届けられていた不在通知を渡してくれました。

私の昨晩からの心配は、2つのちょっとした気遣いで「安心」に変わったはずなんです。配達人の気遣い→「不在通知に宛名を書く(ちゃんとあて名書く欄があるだろ!!)」→「私に不在通知が渡され、安心して再送を手配できる。」
下の住人の気遣い→「不在通知をよく見る(宛名は書いてなかったけど、フラット番号『2』(私のフラットの番号・下の家はフラット番号1)って書いてあるじゃんか!!)」→「私に不在通知が渡される」

とても大切な書類だったので無事について良かったです。
そして私の心の深いところでは「大丈夫」だと気づいているのに、私の顕在意識が「心配したい」と思っているのだということが浮き彫りになりました。常識で考えれば、「心配したい」と思って心配する訳じゃないのですが、結局「信頼するぐらいなら、「信用できない」と心配する方が後で裏切られても、ほら、やっぱり駄目だったじゃない」って思えるっていう思考ですね。そん風に考えると、「何と無用な心配だろう」と言えるんですが、長い間の習慣は変えることが難しいのです。

「信じない」は私の人生の中で作り上げてきた「思いこみ」「信念」だと思うと悲しいです。かなりネガティブです。根が深いです。

いろんなことが信用・信頼できないイギリスで生活することで、私の「信じること」への挑戦はグレードアップしているのでしょうね。そしてめざすべく究極は常に「確信」を持つことです。

昨日人の文章力についてさんざんぼろくそに言ったのに、今日の私の日記は取り留めもなく散乱していて、いったい何が言いたいのか分からなくなってしまいました。大いに反省。でもせっかく書いたからアップしちゃいます。

2008.09.04

文章とコミュニケーション

9月に入って事務局の仕事がちょっと「ひと段落」した感じです。もちろんヒマというわけにはいかないけれど、ずっと何かに追われている感じで仕事をしていたので、追われるものがなくなったことで心の平静が保たれているような気がします。

その事務局で、今日は私のデスクの近くに夏休みでパートで働いている子が座っていました。彼女は大学生で、夏休みの間ずっと事務局に来てくれていて、引っ越し後の混沌とした荷物やファイルの整理やらをしてくれた後、今はずっとウェブサイトのリニューアルを週に2日来ているPRの担当の人と共同で行っています。

今日はその彼女が来週発送が決まっている書類の見直しをしていました。その書類はある人たちの自己PRが載っているもので、多くの人たちに宛てて送るものなので、間違いチェックのために読み始めたらしいのですが、その内容が要領を得ないようなものだったらしく、読めば読むほど手を入れないといけない感じになっている様子でした。

近くに座ったせいか、「ねぇ、この文章の意味わかる?」「何が言いたいんだと思う?」「単語が間違ってるよね?」「意味はわかるけど、まどろっこしすぎない?」「で、いったいこの人はどう自分をPRしたいんだと思う?」云々私に3分ごとに聞いてきます。内心「私に英語聞くなよ」と思いつつ、ふんふんと聞いては「あ~、わかった、こういうことが言いたいんだよきっと」とか「おんなじ調子のおんなじ単語使いすぎだよね」とかまぁ言いたい放題言ってました。

結局何が問題かというと、自分の考えがまとまっていないのに行き当たりばったりで書いている風で、何のために、どう自分を売り込みたいのか、自分はいったい何ができて何に貢献したいのか、が定まっていないというかクリアでないという点にあったように見えました。そして外国人の私に言われたくはないだろうけど、英語も酷かったです。

私は外国人だから余計そうなんだと思いますが、明確な文章じゃないと意味そのものというよりその言葉に込められた意図がよくわからなかったりします。それは決して文法的な問題とかではないのです。思いつきとか雰囲気で文章書く人って、別にイギリス人じゃなくてもたくさんいますが、要点を押さえていないと結局何を伝えたくてその文章を書いているのかさっぱり通じないということになって、最悪の場合は、たくさんの人に誤解を与えかねなくなってしまいます。

人の書いた文章を読む時って、私たちは字面だけを追っているわけではないと思います。その文章の中に込められた思い―それは、たとえば喜びや愛とか、情熱とか、ユーモアだったり、もしかしたら怒りだったり、悲しみだったり、そういった「感情」が見え隠れしたり、へぇ~って思うような「知識」をさりげなく織り込んでいたり、書いている人と何かが共有出来たりすると、きっと文章として言いたいことが「伝わった」ということなんでしょうね。誰にも聞いたことがないのでみんなそうしてるのかどうか不明ですが、文章を読む時って頭の中で音読していませんか?私はしているので、一つ一つの「音」もとっても大事です。音的に美しくない文は読む気が半減してしまいます。

「言いたいこと」がうまく伝わるかどうかって言うのは、やっぱり文章を書く人が「何を、どう伝えたいか」がはっきり分かって意図しているかどうかに左右されるように思います。それはたとえば事実を伝えるだけのレポートなどでも言えることだと思います。単語の選び方や言い回しなどでいくらでも違った伝わり方をするのではないでしょうか。

人間が心の中で考えたり思ったり感じたりしていることって、「言葉」というツールでは到底伝えられないほど複雑なものなので、「言葉にする」ことは限界もあるし、100%伝わるってことはないのかもしれません。でもだからこそ、自分の中にある、複雑でかつぐちゃぐちゃに散らばっていたり、埋もれていたりする「思い」を的確に言い表せる言葉を探して上手に文章化するということはチャレンジングでもあり、喜びでもあるのかなと思います。だから最近では誰でも自分のブログに日記書いたりしてるのかな。私もそうなのかな。基本的には自己満足のためなんだけど…。

これからもっとたくさん「言葉」を使った癒しも行っていくことになりそうな予感がしているということもあって、非社交的でコミュニケーションがあまり得意ではない私は、考えの明確化を肝に銘じてコミュニケーションに臨んで行きたいと思います。

2008.09.03

純粋なハート

久しぶりに日記を書こうとしたら、友人からスカイプが入ってしまって時間がなくなったので、最近読んでとてもいい言葉だなと気になっていることをメモ代わりに…。

  • 他人とかかわる時はいつも、誰もが勝利できる計画を実現し、すべての人に有益な結果をもたらすことを願い、約束すること。
  • 聖なる愛をひきつけ、保持し、放射するための私たちの受容力を拡大する愛の呼吸瞑想を行うこと。
  • 与えられたらどのような状況でもベストを尽くし、本物のマスターであるかのようにふるまうという完全性への確約をし、行動すること。
  • 自分自身と他人に対する愛に満ちた、協力的な誠実さを持つこと。
  • 他人への心からの慈悲と愛に満ちた意識を持つこと。他人の幸福に対して誠実な関心を持つこと。
  • 無私の奉仕と見返りを求めずに与える能力、そして他人を育む適切な方法で行い、相手に不必要な恩義を感じさせないこと。自分の権力を拡大するためではなく、私たちの時間、思いやり、愛、お金などポジティブで相手を力づける方法で惜しげなく与えるということ

本当の知恵と聖なる力とは、その価値を理解し、その恩恵を賢明に活用できるものだけに与えられる。

憎しみ、疑い、猜疑心、判断に満ちたハート、あるいは傷ついて壁を作り、他人に対して閉ざされてしまったハートは、高次の領域とそのすべての栄光にアクセスする前に癒される必要がある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最近私の中の内なる声が「瞑想しろ、瞑想しろ」とうるさいです。
もう少しで手が届きそうなものに必死で手を伸ばしているというか、あともうちょっとでパチッとスイッチが入りそうなのに、そのスイッチがちゃんと引っかからずにいるというか、とにかく「あともうすこし」な感覚がずっとしているのです。

瞑想してもそんな感覚が続きます。時期が来たらパチッとスイッチ入るのかな?

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