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    私はたましい
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    私は神なる光
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    私は愛
  • I am Will,
    私は意志
  • I am Fixed Design.
    私は完璧にデザインされている

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2008年2月

2008.02.29

人に教えること

人間生きていれば人にものを教える機会というのは多かれ少なかれあると思います。

私はこの「人にものを教えること」が結構苦手です。今までの人生の中で幾度となく人にものを教えることになったことがありますが、その教えている対象の相手が理解するより先に私の方がストレスだらけになってしまうというパターンが多いです。

ストレスを感じる事はいろいろありますが、大体においてはこんな感じです。
「相手に物事を簡潔に上手く伝えられない自分」、
そして大抵の場合は「スケジュール通りに事が運ばないこと」、
それから「相手の理解能力が自分が期待していたものより低いこと」、
「教える相手と自分の間に波動共鳴が起こらないこと(ラポールが築けないこと」、
そしてもうひとつ「自分に対する相手のジャッジメントを感知出来てしまうこと」などがあります。

私の場合人にものを教える経験というのは、実際に教師として教えるというよりは、仕事を教えることが殆どです。いろんな仕事をして来て転職が多いので、「引き継ぎ」の経験は数知れずですが、引き継ぎはワンオフ(一度限り)の相手がほとんどなのでこれはそれほど大変ではないです。それよりは、部下を持つようになってから増えた「仕事の手順を教える」ことにすごく苦手意識を持っています。

「無知であること」というのは時にものすごく人を傲慢にします。これは人にものを教えることが増えてすごく感じることです。教えている側からすると、「まだやってもいないのに、まだすべてを把握しているわけでもないのに、何でそういう風に判断してしまうんだ?」と思うことが多々あります。仕事の流れの大きな部分で自分が何を期待されているかをきちんと把握するまではっきりしたジャッジメント(判断)ってするべきじゃないと思っているのですが、世の中にはそういう風に思っていない人が結構いるんです。

先のカルチャーウィットネスで、日本人の思考は「ホリスティック型」と言われてすごく納得したのですが、私も完全にそれです。何かを教えてもらう時に先に全体像を掴まないと、部分的なことだけを深く教わっても全然理解した気にならないです。そして全体像が分かってきて、その大きなピクチャー(絵)の中で自分が出来ること、出来ないことを実践の中で判断して行き、組織全体のアチーブメントを自分なりに理解してから本当のジャッジメントを下していくようになっていきます。全体像も見えていないのに、自分の勝手な判断で改善点を出したり突拍子もないジャッジメントをしたりするのってやっぱり傲慢だと思います。

ところがイギリス人はほとんどの場合そうじゃないです。顔を見た瞬間からジャッジメントし続けます。全体像なんて関係ない。自分の仕事以外興味がない。組織に属していても、その組織全体のアチーブメントにはまったくもって無頓着。目先だけでなくロングタームの視野を持つこともあまりしない。自分が働いているところが実際に何をしているのかあんまりよく分かっていなくても全然関係ないってこともしばしばで逆に驚くこともあります。

そんなイギリス人に仕事を教えてきたので、すっかり苦手になってしまったのかもしれないです。

今日も新しく事務局にきた若い女の子にたくさん教えなければいけないことがありました。マネージャーがエキシビションの仕事で一日外に出ていて、彼女からその新人さんに教えるべきことをいっぱい山のように押し付けられたのです。そしてさらには私の仕事もたっぷり置いていってくれました…。無理だって。

案の定、新人さんはマイペース。出来るだけわかりやすくたくさん情報を上げるように教えたら、メモを取ることにやたらと熱心になり、「わかってる?聞こえた?」と何回も聞かなければならない羽目に。最初に今日やるべきことを全部彼女に言ったのにその半分もできませんでした。「終わったら次やるからね」と何度も言ってるのに、終わるとその仕事のメモをPCに打ち込みマニュアル作りを優先しています。でも私も忙しくてずっとモニターできないから、結局目標の半分も終わりませんでした。

それでも彼女は割と素直なのでまだ助かります。今まででものすごいアグレッシブなイギリス人とどっかすっ飛んでるオーストラリア人に同時に仕事を教えたことがありましたがあの時は「もしかして私が変なのか?」と思うこともしばしばでした(苦笑)。

日本人がイギリス人のアロマセラピストを別に先生でもないのに「先生」と呼んで異常に尊敬したりするのも(悪いことではもちろんないのですけれど)、そこに盲目的な何か別のものを感じてしまうことがありますが、イギリス人の、自分に何かを教えてくれる人に対する尊敬のなさすぎもちょっと極端だなぁと思うことがあります。もちろん、みんながみんなそうじゃないんですけどね…。

2008.02.28

トンネルの先

ずっとなんだかもやもやに包まれていた私のスピリットが、そこを完全に抜け出せた感覚が訪れました。トンネルの先には虹が出ています(笑)。

満月だった先週木曜日あたりから上昇してきている感覚はありましたが、この間のフロートでEnergy Cyst(エネルギーシスト)を少し解放できたことも大きく貢献しているかもしれません。改めて体にたまった不要なエネルギーやブロックのリリースって大切だと思いました。

ここ何ヶ月かずっとパートタイムで働いている場所が、負のエネルギーのはきだめのような状態が続いていて、そこからの波動にかなり影響を受けているのはわかっていましたが、エネルギー的にも自分の中心軸に戻ることがやっと出来たように思います。

それにしてもその負のエネルギーはどんどんエスカレートしていて、さらにいろんな人のエゴ・執着・妬み・怖れ・競争・虚栄などの負の感情エネルギーがどんどん集まってきています。良くない波動が次の良くない波動を呼んでいるんでしょうか。まぁ、逆にそこがあんまりにもひどくなったから私は抜け出せたのかもしれないなぁ、なんて思います。

今朝こんなメッセージが目に留まりました。

あなたの意識がより高次のレベルへと上昇し始めた場合、体がエネルギーを支え維持することができないと、逆にあなた自身が下へ落ち込むことになってしまいます。肉体に引き戻されて、高い意識の状態にとどまることができなくなるのです。アセンションのための基盤の一つは、肉体を含め「kaカー」(物質的エネルギー場と重なり合って存在する二番目のエネルギー場、プラーナ体)及びすべての体が強く活性化されている必要があるということです。(ハトホルの書より)

ここ最近の私のディセンド(降下)したような感覚は、もしかしたらこの身体や感情体メンタル体やこの本でいう「カー」などすべての体の状態が意識を支え切れていなかったからだったように思います。

身体や気持や精神的なものを含めて、どこか調子が悪いときにいつも私が感じるのは「自分の軸がぶれている感覚」なのですが、これって私たちの体の中心を走っているプラーナ管に正しくエネルギーが通っていないから、エネルギーの循環が滞り「カー」が弱体化している状態なのだと思いました。

エンパシーを感じてしまうこと、他人の感情を感知してしまうことは、エンパスにとっては避けられないことではありますが、結局自分でどうにもできないことなのであれば、どこかでそれをLet Goさせないと、自分の中心軸からずれてしまうということを学んだ気がします。軸がぶれていなければ、そういう感覚に負の感情を貼り付けることなくただ受容する状態に持っていくことができる訳ですね。

最近「感情」に関する情報をキャッチすることが多いです。SERに向けてたくさんのメッセージが届けられているのだと思います。宇宙はちゃんと私に必要なものを送ってくれているのだなと愛を感じました(笑)。感謝して精進したいと思います。

2008.02.25

フローティング

今日は早くトリートメントが終わったので、久しぶりにフローティングをしてきました。週に2日月火はフロートワークスというフロテーション・センターの中のトリートメントルームで働いているので、スタッフとして、フリー(無料)でフロート出来るのです。

そうはいってもいつも忙しかったり、タイミングが合わなかったりとそれほど頻繁にフロートしているわけではないです。働き始めて2年近くになりますが、まだ2-3回だと思います。

私はどうやら前世に何度か溺死したりとか水関係のトラウマを背負って生きたことがあるらしく、水に対して異常に神経質になることがあります。何が嫌かって、顔を水につけるのにすごく抵抗があるんです。特に耳に水が入ることが恐怖らしく、潜水とか絶対にできません。もちろん人並みには泳げますし、中学校ぐらいまでは泳ぎも結構速かったんですが、水泳そのものはあんまり好きじゃなかったです。余談ですがイギリスのプールってものすごいスロープになっていて、片側は70cmぐらいの浅瀬なのに、反対側が3メートルぐらいの深さっていうところがほとんどなので、もう心理的に背が立たないと思っただけで泳ぎたくなくなります。

そんなこともあってか、一番最初のフロートはあんまり気持ち良くなかったです。とにかく顔に水がかかったり、耳に水が入ったりしたらやだな~ってことを常に考えてしまって、首が異常に緊張し、首をリラックスさせられないから体全体が緩まなかったんだと思います。特に最初のフロートは5~6年前、ちゃんとお金を払ってのものだったので、「なんだかなぁ」な体験でした。

そしてこのフロートワークスで働き始めてから2回目に挑戦した時には同じ思いをしないようにと、エアー枕を後頭部に使ってみましたら、1回目よりずっとリラックスできましたので、それ以来これを使ってフロートしています。私のトリートメントを受けるお客さんも、フロートを前後に受けられる方が結構いらっしゃいますが、感想を聞くと同じような思いの方が少なくないです。Chlorine(塩素)の臭いも顔に水をつけたくなくなる一因でもあります。

今日はCSTのお客様だけだったので、5時過ぎにトリートメントが終わってしまい、帰り際に「フロートしていけば?」と言われ、そういえばずいぶんフロートしていないし、最近体が硬くて今週末にCSTとマッサージを受けに行こうかと思っていたところだったので、タイミングも良いし受けることにしました。

今回は、タンクの中に入って自分のポジションを決めてリラックスした後、マカーバー瞑想をまずやってみました。水に浮いていると、3D以上のイメージってしやすかったです。ただ、私の左肩甲骨上部の内側にどうしてもリリースできないEnergy Cyst(CSTの用語で、エネルギーの包嚢=怪我や障害などの後解放されずに局所に集められ圧縮されたエネルギーによって形成される)があって、体が疲れてくるとそこから痛みが始まる部分があるのですが、そこが気になってしまって集中できないので、そちらのリリースをすることにしました。手を置かないでイメージの中で行うセルフCSTをやってみました。

水に浮いていると不思議な感覚になって行きます。自分の体の感覚が消えて行ったり、意識が別の空間へ飛んで行ったり。体の感覚は全部消えてしまうわけではないので、そこに自分がいることは分かっているのですが、そこがどこだか分らなくなって行く感じです。水の感覚も消えて行きます。

Energy Cystがなかなか緩まないので、援軍を頼みました。大天使ミカエルにご登場願って(笑)、光のソードからCystに光のエネルギーを流してもらいました。

また、ちょうど仕事に行く電車の中で、今読んでいる本の中の「自分の感情体がどのように記憶や感覚エネルギー・パターンを保持しているのかを見るエクササイズ」を行っていたので、それも試してみました。私のそのCystはネガティブだけではなく自分的にはポジティブと思うようなものも含んでいるようです。

最後の方になって、今まで起こったことがない動き(不随意)が体の左側で起こりました。CSTでは、たくさんの不随意な動きが起こりますが、私のこのCystに関しては、いつも左腕があっちに行ったりこっちに行ったり、腕を回したりと腕の位置を変えてリリースしようとするパターンが多かったのですが、今日は左半分が中心やや前に向かって微妙にシフトした感覚があって、そのあとに肩甲骨だけ後ろへ引くような動きが起こりました。これってカウチの上に寝ているとカウチが邪魔で出来ない動きですよね。体の上(前)と下(後)に何もないから出来ることです。

う~ん、今度フロートしながらCSTっていうの試してみたいなぁ、時々大きな人の仙骨リリースとかしていると手が潰れるんじゃないかと思うときがあるけど、そういうのなくなるし、結構いいかもなぁ。

さて、フロートが終わった後、Cystはまだ残っているのですが、周りがだいぶ緩んでいてとても気持ちがいいです。だんだんフロートのコツをつかんできたように思います。

日本にはこういうフロテーションセンターってあるんでしょうか?結構気持ちいいのであるのならぜひお試しあれ!

2008.02.22

スピリチュアルとサイキック

日本ではスピリチュアルブームなんですってね。スピリチュアルっぽい物や人のことを「スピ系」とかって言ったりするみたいですが、本当ですか?

それって「アキバ系」とかちょっと前によく使われた「癒し系」とかと同様、「系」というsuffix(接尾辞)をつけて物事を系統だてて分類した意味で使う言葉なんでしょうけど、だったら、「スピリチュアル系」って言えばいいのに。

もともと日本語って音的にはとても美しい言語だと思っているのですが、こんな風に言葉をぶった切ったりわざと音的に不調和で汚い造語が出来てきたりって、最近「音」に鈍感になっている人が多いのか、私が気にしすぎなのかわかりませんけど、特に外国語の入った日本語の略語や造語って大抵の場合は語感が美しくないです。英語を話す私にとっては「そういう略し方って原語をなめてる」って思ってしまうことも多々あります。

昔好きだったバンドが聞くも無残な語感で略されて日本で使われていた時には、本気で悲しかったです。確かに少し長い名前でしたがそのバンドを軽蔑しているようにさえ思える語感の略称は絶対に使いませんでした。私は五感の中では一番「音」に敏感なので、そういう風に感じてしまうのかもしれませんが…。

語感はさておき、そうスピリチュアルの話です。

日本で流行ってるのは、江原啓之さんや三輪明宏さんの影響も多々あるのでしょうか。日本に帰るとよくTVでお二人を見かけます。よく江原さんと比較される細木数子さんもTVに出てますけどあの人はもう全くスピリチュアルなお話はされないですよね。本人もわかっていらっしゃると思います。

まぁ、とにかくそういうブームのせいで、先にあげた変な略語が使われているのでしょうね。「スピ系」ってなんだかものすごく胡散臭い語感ですねぇ。もし私が「スピ系」とか言われたら本気で悲しいなぁ。

さてさて、そういうブームになって何はともあれ人々が「スピリチュアリティ」について考える機会が増したってことは大きな視野から見れば良いことだと言えますが、逆にTVなどのマスメディアを通して作られているイメージが独り歩きして、とんでもない誤解や嫌悪感を招く一因にもなっているように思います。要するにまだまだ「スピリチュアリティ」という概念がよく消化吸収されていないと言えそうです。(大昔の日本はそうじゃなかったはずなのに…)。

先日全然関係ない調べごとをしていて、スポーツライターの方(だと思います)のブログを読んだ時に、その方が「スピリチュアル」について書かれている記事を偶然読むことになりました。その方はひととおり最近の江原さんの番組などに言及したあとに、「私はそういうの(スピリチュアルなもの)は信じない」という意見を述べられていました。また、スピリチュアルを検証したとする書籍をいくつか例に挙げられていました。内容はここに詳しくは書きませんが、それを読んでその記事や例に挙げられていた書籍などの「スピリチュアリティ」の理解度の低さに唖然としてしまいました。

スピリチュアル(spiritual)とサイキック(psychic)が全くごちゃごちゃになってませんか?

「スピリチュアル」に目覚めることって、幽霊を見ることとか前世を知ることではありません。もちろん目覚めていく過程で前世を知ることになることもありますし、霊のようなこの3D(3次元)の存在ではないものを感知することもあります。でも、スピリチュアルに目覚めることそのものはそういう超常現象のことでは決してありません。宗教も全く関係ありません。

まぁ、「信じない」なんてわけのわからないことを言っている時点で「スピリチュアリティ」に対する理解度は無に等しいのでしょうけれど、最近日本の本屋さんに行くと「精神世界」コーナーなんてものがあって、あれもこれもとものすごい出版量だし、それがどんどん増えてきているから結構覚醒が進んでいるのかと思ったら、そういうわけではないのだとつくづく思いました。

また逆に「江原さんを信じているから」「幽霊や前世を信じているから」と言ってスピリチュアルに目覚めているとも言えません。スピリチュアリティとはそういうことではないのです。「誰かがこういったから」とか「こういうものを見たから」とか「こんな体験をしたから」、スピリチュアルであるということではなく、頭で知識として理解することではないのです。

「じゃあ、何なんだ」と言われても、言葉で説明するのはとても難しいです。頭で理解することではなく、実践の中で見つけていくものだからです。

確かにスピリチュアル(spiritual)は、スピリット(spirit)からの派生語なので、そのスピリットを霊とか幽霊とかと解釈するから誤解が生じるのだと思います。スピリットとは「たましい」であって、「わたし自身をわたしたらしめているもの」、つまり、わたしがわたしであり、あなたがあなたである証であり、それを一つの解釈として「霊」とすることもあるというだけのことです。私たちには目に見える「身体」があります。目に見えないけど実際に感じている「心」があります。そして私たちを私たちとするスピリット「たましい」があるのです。「たましい」を信じなかったら、私たちはいったい何なんでしょうか。私たちがいったい何なのかを考えたり、意識しながら生きていくことが「スピリチュアルな生き方」だということもできます。つまり宣言せずとも、「スピ系」なんて言わずとも、日常生活でみんながふと考えたり実践していたりすることがスピリチュアルなことであって、何もブームにならなくてもそこに常にあるものなのです。

スピリチュアルな覚醒とは、「わたしがわたしであること(I am that I am)に目覚めること」「私というたましいが、なぜここにいて、そしてどこに行こうとしているのかを探求し、理解していくこと」だと思います。要するに体や心だけではなく、「たましい」としての自分に目覚めていくことです。(幽霊ではありません)。そして、その目覚めていく段階で必要であれば前世を知ることになったり、この世から去って行った霊と遭遇することもありうるということじゃないかと思います。必要でなければ知ることも遭遇することもないわけです。そして、目覚めが進むと宇宙や大きなものとの一体感が感じられるようになっていき、個人として分離し孤立し、不安や恐れによって傷つけられていたたましいに大きな癒しの力が働いていくことにもなります。癒しが進むとさらに視野が広がり、自分だけでなく他の人々にも癒しが起こってほしいと心から望むことができるようになって行きます。

こういったことはそのレベルに達していない人にはいくら議論してもわからないことなので、「信じる信じない」の議論は不毛です。覚醒してしまった人にとっては、信じる信じないとか証明するとかという3D的なことはどうでもいいことになって行きます。

そして、その先にあるものが「onenessワンネス=宇宙(やすべてのもの)と一体になること」だと言われています。これは頭で理解してそれを信じても何も起こりません。覚醒が進んで、頭ではなく事実として存在全体で理解しなければなし得ないことです。

サイキック能力とは、それこそ霊を見たり、交信したり、他の人の前世を感知したり、という超能力のことで、サイキック能力に優れていても、スピリチュアルな覚醒が全く起こっていない人もたくさんいます。サイキック能力が覚醒を阻害することも多々あるようです。要するにもともと与えられた(ギフト)サイキック能力に安住し、逆に自己成長を行わなくなってしまうということでしょうか。

まだまだ言い足りないことがたくさんありますが、こういうことって何千何百の「言葉」を使っても結局は「頭で理解する」ことではないので、言い切ることは不可能かなと思います。

「なぜ自分がここにいるのか」を急に考えても答えは出ないかもしれませんが、日々の生活の中で常にそういうことを考えながら行動すると見えてくるものもあるんじゃないかなと思います。何かが起こった時に「なぜこういうことが起こったのだろう」と考える。嫌な思いをした時に、「どうして自分はこんないやなことに遭遇してしまったのだろう」と考える。人を傷つけてしまったり、自分が傷ついた時に「これは私に何を教えているのだろう」と考える。何かを達成した時に「これを達成したことで自分やその他の人に何がもたらされたのだろうか」と考える。こういう日々の中での小さな「気づき」がやがて大きなスピリチュアル覚醒へとつながっていくのだと思います。

2008.02.17

光と闇

光と闇――何やらまたスピリチュアルな御託のようなお話になりそうですが、もうちょっと俗世的な自省をこめた日記です。ご容赦を。

「光と闇」って陰陽五行の「陰と陽」とは言葉の響きのせいなのか少し違った印象を持ちますが、対なるもの、ということでは同じ事です。光は闇がなければ存在できず、闇も光がなければ存在できません。なので、私たちは、意識しようとしまいと、そのどちらともつながることができます。私たちの波動を上げるためには、常に光とつながることが望ましいのですが、学びのためにこの3Dにいる私たちにとっては、時にはそれを忘れてしまったり、できなくなってしまったりするわけです。

最近どうも不調で、ネガティブなサイクルに陥りがちな自分を顧みるたびに、この「光と闇」のようなポジティブとネガティブの対について考えます。

私の周りにあるものや人々、起こっていること、知り合いや友人ではなくてもメディアなどを通して私の耳に入ってくること、興味を持って読むニュース、ゴシップ、TV番組、スポーツ、音楽など、いつも興味をひくものや考えさせられるものは、それがポジティブであれ、ネガティブであれ、自分にとって意味のあることだと思います。最近自分がどうも負のサイクルに陥りがちなせいなのか、どうしてもネガティブなものへ反応してしまいます。そして考えさせられます。

2~3週間前の日記に「期待感を捨てる必要がある」ことについて書いたと思いますが、これってとても難しいことですね。今さらながらに思いますが、私たちは常に意識せずともいろんなことを「期待して」生きています。

最近失望したりがっかりしたりすることが多くてそれでどうもネガティブサイクルに陥ってしまうようなのですが、がっかりしたり失望したりするのって、期待しているから起こるわけですよね。「失望」の対は「期待」だと思います。別に何かどか~んと大きなことを期待しているというのではなくても、たとえば誰かと話をしていて「こういう風なリアクションが来るだろう」とか、何かお願い事をしたとしたら「こういう風にやってくれるだろう」とか、相手のリアクションを勝手に大まかに予想(期待)しているわけです。そしてそこからかけ離れていたりすると、失望したりがっかりしたりするということになります。これは勿論自分に対しても起こります。仕事や予定って無意識のうちに時間とか処理能力を測って出来るかできないかを判断するわけですが、それができなかったりすると、がっかりしてしまったり自分を責めてしまったりすることが起こります。時には失望どころか、怒りを感じたりすること起こります。

ホリスティックセラピストになる前は会社勤めをしていましたので、自分を含めたいろんな人に無理難題を課したり、課されたりというのは日常茶飯事に起こっていました。私は今考えると特に10代20代の頃はとてもハードな人だったので、自分にも他人にもすごく厳しかったのでした。イギリスに来ていろんなことを学んで、さらに人生経験も積んで年を重ねて、かなりソフトになったと思いますが、気質的にはハードであることは間違いないと思います(苦笑)。

特に私がやってしまいがちなことの一つに「一つの状況からいろんなものを生み出そう、向上させていこうという自分の意欲を人に押し付けること=自分が意欲があることは他人にも同じだけの意欲を持っていてほしいと期待してしまうこと」というのがありますが、これについてはいつもとても注意していますので、さすがに押し付けたりすることは少なくなったと思っていますが(多分…汗)、外に出さないまでも自分の中で期待感を持ってしまっていたりすることがまだまだ少なくありません。世の中にはいろんな人がいて「意欲」もさることながら「能力」も千差万別なので、無理なことを押し付けても何も得られないことを理解しなければと思っています。

数年前から、「気づいても気にしない」を肝に銘じて自分を含め他人をジャッジすることをしないように気を付けてきました。イギリスで生活していると「気づくこと」が多すぎて常に「こうしたらよくなるのに」「どうして変えられないんだろう」と、問題点に解決策を持ってきて考える癖のついている私(要するに議論好き)には「気にしない」ことはとても難しかったですが、結局気づいても自分がどうにか出来ること以外は気にしていると体がいくつあっても持たないということに気づき、手放すことが出来るようになってきました。自分に関係なく責任すらないことにストレスを感じるのって理不尽ですものね。性格的につい考えてしまいますが、疲れるだけであまり得られるものはありません。

結局すべてのものを100%自分の思い通りにはできないし、すべての人を100%ハッピーにはできないのです。言葉にしてしまうとすごく簡単なことなのですが、こだわりが多くて理想が高いとつい「出来る」と思ってしまったりするものなんですよね。これからは更にコントロールを手放すことと、「期待感」を手放すことを課題にしていきたいと思う今日この頃であります。

そして「期待すること」をやめてしまうということではなく、「期待どおりにいかなくても失望しない」ということが大事な気がしてきました。それは何かを期待して、「でもどうせ○○だからだめかもしれない」とダメだったときの逃げ道を最初から用意することとは違います。言い訳を最初から作ることが一番ネガティブだと思いますし、そういう思考では成功はしないと考えます。「期待」の対には「失望」ではなく「受容=受け入れること」にできたらいいなと思います。

なんだか光と闇の話してないし、タイトルを「失望と期待」にすれば良かったかな。

2008.02.12

パーキンソン病とCST

というわけで突然何もない日になったので、もうひとつ記事を書いちゃいます。

クレニオセイクラルセラピー(CST)のレギュラークライアントの中に、パーキンソン病の方がいらっしゃいます。CSTはもちろん医療行為ではないので、「治療」ではありませんが、パーキンソン病に関しては、症状を軽くしたり、進行を遅らせたりすることにかなり実績を上げているのです。

今年の私の勉強の第一ターゲットはCSTとSER(ソマト・エモーショナル・リリース)ということもあって、関連の高い解剖生理学を勉強しようと思い、今、脳内物質の本を読んでいます。また、パーキンソン病に関する本もいくつか読みました。(なんか私、いつも本読んでるみたいですね…苦笑)

いつもながら自分の想像力に呆れてしまいますが、パーキンソン病の本を読んでいたらなんだか自分がこの病気になったような気分になってしまいました。病気の本って読むのがつらくなってしまうことがありますが、私はバーチャルなだけで、実際に苦しんでいらっしゃる方とは違います。病気や症状に対して少しでも多く理解して、セラピストとして何らかの形で貢献できたらと思います。

パーキンソン病は、脳幹の中脳にある黒質で作られる神経伝達物質のドーパミンが、大脳の中央部にある線条体(体を動かすことを命令する発信基地)で、減少することによって、別の神経伝達物質のアセチルコリンとのバランスが崩れて起こる病気です。ドーパミンは体を動かし、アセチルコリンは体の動きを止めるという命令を伝えますので、体を動かそうというドーパミンの減少と、体の動きを止めようというアセチルコリンの増加によって、動こうとすることが減っていき、ひどい場合はほとんど動けなくなってしまうのです。

一般的に、ストレスが増えて自律神経が乱れ、交感神経緊張状態になると病気がおこってくると言われています。少なく見積もっても病気の70%はここから始まるようです。(個人的には90%以上じゃないかと思っています)。

交感神経は、白血球の中の顆粒球の数と働きを支配し、交感神経緊張が続くと顆粒球が増加し、そこから強力な酸化力を持つ活性酸素が大量に生産され、細胞を次々に酸化して殺傷してしまい、組織破壊が拡大します。また、交感神経の緊張が続くと交感神経からの分泌物であるアドレナリンが血管を収縮させ、血流障害がおこってきます。顆粒球の増加により、リンパ球が減少し、働きが低下して免疫力が下がります。交感神経緊張下では、副交感神経の働きが抑えられるので、臓器・器官の排泄・分泌機能が低下し、ホルモンなどの異常を起こします。

交感神経緊張は、このようにパーキンソン病に限らず病気を発症しやすい体調・体質を作り上げます。「パーキンソン病を治す本」によると、「パーキンソン病患者の白血球は顆粒球過多」とのことなので、この病気も交感神経の緊張によって引き起こされるといえます。

また、パーキンソン病は、脳の脳内ドーパミンを生産する黒質の細胞が障害されて起こりますが、細胞が障害されるのはそれが黒質であれどこであれ、血流障害が原因ですので、パーキンソン病は、「脳の血流障害によって神経細胞のアポトーシス(死滅)が促され、神経伝達物質の分泌が減少して発症してくる病気」になるわけです。

この本では、現在臨床で使われている薬はどの病気の治療のものであろうと、そのほとんどが交感神経を緊張させる作用を持っていると言っていますが、ドーパミンを補充するなどのパーキンソン病治療に使われる薬はすべて交感神経を緊張させる薬です。つまり、自律神経のバランスという点からみると、これらの薬は病気の進行を早め、悪化を促してしまうとも言えるわけです。

最終的には個人の判断になると思いますが、この本は東洋医学(鍼)との併用での成功例を挙げています。鍼といっても「本治法」という全身調整で浅刺の刺激で副交感神経を優位にする方法が良いそうです。その逆の「標治法」(局所治療)では、副交感神経優位にはならないのだそうです。

副交感神経優位ということは、アロマのマッサージなどもよさそうですよね。
CSTは、体液やソフトな組織に働きかけるものですので、体の循環機能に大きく貢献します。また、かなり深いリラクゼーションが得られますので、当然のことながら副交感神経優位になります。CSTの文献などから、体液の循環をよくすることがパーキンソン病に貢献するのだと思っていましたが、それだけではなく副交感神経優位というのもキーだったのですねぇ。

私の叔父も、パーキンソン病なのですが、まだまだ元気でいつもかなりの距離を歩いているそうです。今度日本で会うことがあったら、いろいろ聞いてみたいと思います。

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No Show

今日はリフレクソロジーのブッキングがあったので、わざわざそのために南東ロンドンのトリートメントルームへ行ったのに、No Showでしたので、そのまままっすぐ家に帰ってきました。

昨日までに来ないって言ってくれれば昨日もそこへ行ったのだから部屋を片付けて今日はわざわざ出かけずに済んで、バカ高い交通費も払わずに済んだし、一日を有効に使うことが出来たのになぁ…。この予約、2時なんていう中途半端な時間に入っていたので、一日が無駄になってしまいました。まぁこんなことはよくあることなので、仕方ないです。

本当は「よくあること」では困るのですが、前にも書いたかもしれないけどこのトリートメントルームは、フローティングセンターの中にあって、肝心のフロート(大きなカプセルのような水の入ったタンクに浮かんでリラックスするというリラクゼーション・セラピー)が、「キャンセル料は24時間以内だと100%」と言っておきながらさっぱりそれを実行していないので、私たちのようなセラピストもそれに従わざるを得ないというか、クレジットカードの番号とかも控えているわけではないので、徴収する術もないので仕方がないのです。

日本はどうだか知りませんが、こちらの人たちは約束をすっぽかすことを割と平気でやっちゃいます。もちろん人によりますが、日本人の私からすると、ちょっとショッキングなぐらい遂行率が低いと思います(もう慣れたけど)。なので、私たちのようなビジネスはもとより、歯医者やクリニックなどのアポイントメントでも、通常は予約の確定として、クレジットカードの番号などを聞かれることが少なくありません。こうすることによってNo Showが減るのと、ドタキャンによる被害が少なくなるわけです。悲しいですけど、それだけ無責任な人が多いということです。

事前に説明されていても、必ずチャレンジしてくる人も大勢います。IFAでもワークショップに来られなくなって、次回に回してくれとか、払い戻ししろとか必ずそういう自分勝手な方がいて本当に困ってしまいます。コンサートや劇場のチケット、飛行機のチケットだって、「キャンセル不可」って書いてあったら、絶対に払い戻しはされませんよね?同じ事です。

それにしても、今日はPMSらしく、あまり調子が良くなかったのでなおさらガッカリしましたよ~。

以前働いていたデイ・スパでも、クレジットカードの番号を予約の時に必ず聞いていましたが、ここは割と裕福なお客様が多いせいか、また、リピート率が高いせいかほとんど問題になったことはありませんでした。ですので、24時間以内のキャンセルに対するポリシーを尊重してくださるお客様には、柔和に対応していました。理由があっても素直に払うと言ってくだされば、場合によっては、「そういう理由があるのなら実費として半額だけ払ってください」という話もできるのです。頭ごなしに失礼な態度で迷惑をかけたにも関わらず自分勝手を通そうとする人は、その時にたとえキャンセル料を免れたとしても、長い目で見ると損をすることになるのではないでしょうかね~。

余談ですが、今日のNo Showのお客さんは3週間前にレイキとCSTを一度に受けられた方なので、一度トリートメントにいらした方なんです。その時に今日のブッキングをされたのですが、その彼女を見たレセプションの男性が、「典型的な高級エスコートガール(高級娼婦)だと思う」なんて言ってました。携帯電話を3つも持っていたし、そのどれもの番号を的確に言えなかったし、「お客さんからもらったから」なんて言ってたし、背も高くてとてもきれいな方でしたが、確かに独特の雰囲気がありました。まぁ、お客さんが何をしていようと来てくだされば関係ないのですが、自分ももし客商売なら、約束はちゃんと守ってほしかったな~。

2008.02.10

IFA SE Asia Conference シンガポールコンファレンス

IFAでは、海外で初めての総会を今年の4月20‐21日の2日間、シンガポールにて行います。

すでにIFA会員の皆様には事あるごとに告知していますが、外部広告を行っていないので、「知る人ぞ知る」になってしまっています。

内容は、結構盛りだくさんです。講演者は、"The Fragrant Pharmacy"という人気のアロマの本の著者である、ヴァレリー・ワーウッドさんや昨年のIFAの総会でも講演し、とても興味深い話だった、「石鹸作り」のメリンダ・コスさん、シンガポールの素晴らしいハーブ園のマーティン・チェンさん、現IFA副会長でもある、スー・モウスリーさんなど。そしてワークショップにはヴァレリーやスーに加えて、昨年11月に試験官として来日したジョアンナ・ホアさんや興味深いボウエンセラピーを紹介してくださる、ジェニー・トレヴィットさんやタイマッサージのナパライさん。そしてチリでエイズの子供たちにアロマセラピーを使用するというプログラムを展開されているシルヴィアさん。

講演者もワークショップも、IFAからの手伝い人員も、全員ボランティアですので、手作りの贅沢ではない総会になりますが、用意される参加者用のお土産バッグが結構盛りだくさんですので、これも楽しみの一つになるんじゃないでしょうか。こちらも無償で提供いただいた方たちに大変感謝しております。

IFAのコースを勉強した学校では、アロマセラピープロジェクト(卒論)が義務付けられていましたが、私の卒論では資料としてヴァレリーの"The Fragrant Heavens"を使わせてもらい、たくさんのことをそこから引用したので、彼女の話が聞けるのはなんだか嬉しいです。

それにしても・・・・・・。
このコンファレンス、今現在でブッキングが結構不調なんです。それがここ最近の私の落ち込みの一番の原因かもしれないです(苦笑)。マネージャーのポーリンには、「来週もこのような状態だったら、私はパニックになるから、覚悟しておいてね」なんて言われるし、そんな彼女の「気」もモロに受けちゃってます。

本来ならば、初秋の頃にどど~んと広告をするべきでしたよね。でもあの頃は鬼のような忙しさで、とてもじゃないけど半年先の総会のことなどをやっている暇はありませんでしたし、パッケージツアーをどうするとか翻訳サポートをどうするのか、そういった詳細もわからないままにやみくもに募集することもできません。

そして、ちょうど10月に理事の交代を挟んだこともあってか、理事会からのサポートがほとんどないままにここまで来てしまいました。最近の理事会でも、まだ「理事会」そのものの枠組みとか、表面的な取り決めの話が多く出て、もっと実践的で具体的な話になかなか移行できないらしいのですが(私は出席していないから、あくまでも噂で聞いただけですけど)、月に一度しか行わない理事会ですから、具体的な決定がないと誰も前に進めないのではないかしら、とちょっぴり心配しています。

理事もみんなシンガポールに行くわけじゃないから、他人事なのかもしれないですよね。会長もなんだか全然反応がないし、大丈夫か~?って感じです。

私はシンガポールには数日前に入ります。
シンガポールには、24年前(!)に行ったことがあります。なんだかものすごく暑かったことと、屋台のおいしいお食事と、マーライオンとタイガーバームガーデンぐらいしかよく覚えていないのですが、きっとものすご~~~く変わってしまっていることと思います。楽しみです。

また、コンファレンスの初日、4月20日はWesak Full Moon(ウェサク満月)です。去年のWesakの時は、ちょうどアンジェリック・レイキのワークショップを受けて、強力な浄化をしたので、異常に眠かった覚えがありますが、今年は眠ってる場合じゃないので、満月で気が上がらないように気をつけたいと思います(汗)。

昨日、このシンガポールのお知らせをミクシィにアップしてみました。ついでに新しいIFAのウェブサイト(ブログ)の案内も別トピックでアップしました。本来私はこういうこと(ウェブ上などで不特定多数に働きかけるようなこと)をするのが大の苦手で、自己嫌悪に陥りながらの作業になりました(汗)。でもほかに誰かがやってくれる訳じゃないし、無料の宣伝はたくさん利用しないといけないですものね。はぁ。

あと2か月半で、泣いても笑ってもその日がやってきます。
自分でどうにもできないことを心配しても仕方ないので、一喜一憂に左右されないように平常心でいたいと思います。きっと素晴らしい総会になることを信じています。

2008.02.08

魑魅魍魎

結構ヤバイタイトル付けちゃいましたが、実はいまだにまだ不調なんです。1月末から続いている気分の落ち込み・スランプからまだ回復していません。あ、結局風邪は大丈夫だったので、そういう身体的な問題ではないです。

あんまり調子がよくないのに、自分の内面に深く入ることをしたせいなのかもしれません。そんなことを考えていたら、「魑魅魍魎」という言葉が浮かんできて、ああ、まさに今の私にくっついているものは、それだ!と思ったのですが、魑魅魍魎って本当は何なんでしょうね。

Wikipediaによると、「魑魅」は山林の異気から生ずるという怪物のことと言われる。顔は人間体は獣の姿をしていて人を迷わせる。「魍魎」は、山川や木石の精霊とされ、「水の神」とも呼ばれる。山・水・木・石などあらゆる自然物の精気から生じ、人を化かす。また死者を食べるともいわれ、姿かたちは幼児に似ていて2本足で立ち、赤黒色の皮膚をして、目は赤く、耳は長く、美しい髪と人に似た声をしている。これらの外見は鬼を思わせる。

なんか私的には、1年ぐらい前にアンジェリックレイキを受けた時に、「タニシみたいに小さなデブリが体にいっぱい付いている」ってマスターから言われた時の「タニシ」みたいな感覚です。私の心の中にいっぱいいるいる、いろんな所にくっついている「人を迷わせたり化かしたりする、小さいもろもろのもの=魑魅魍魎」って感じが一番的確かな。

自分の内に深く入って行くこともそうですが、最近いろんな人の「エゴ」にもとっても弱いんです。感覚や直感を磨いていくにつけ、ますます気が付いてしまう、見えてしまうことが多くなります。そうすると感情的に巻き込まれて、悲しくなったり残念に思ったり、またその「エゴ」のエネルギーから遠ざかりたいのに、そうできなかったりするとまたど~んと来たりする。人の気分の落ち込みにも敏感になります。まだエンパスとして「巻き込まれない」ことを確立できていないのでしょうかね。

なんか物事が停滞しているのも、助けになっていない感じです。どうも性格的に「待つ」ことが苦手なので、それも学習しているところなのかもしれないです。

セルフヒーリングではなくて、誰かにヒーリングしてもらいに行こうかな。

「現実」が笑うのを待ちつづけないで、あなたがまず笑ってください。
「現実」は鏡に映ったあなたの反映です。
先に笑うことはできないのです。

魑魅魍魎を払い落さないと。
まずは、エネルギー補給に行ってこようっと。

2008.02.07

チャイニーズ・ニューイヤー

今日は旧正月。イギリスでは、チャイニーズ・ニューイヤーと言います。
ロンドンのチャイナタウンなどでは毎年ちょっとしたイベントがあるようですが、人出がすごいから見に行ったことはありません。今日は普段の日だったので、週末に催しがあるみたいです。ロンドン市長のウェブサイトによると、「ねずみ年の新年を祝って、2月10日ロンドンでパレードが行われる」とありますので、日曜日ですね。出かけないようにしようっと。

昔はこういったイベントもごく小規模で控えめにやってる感じだったけど、最近のロンドンは何でも派手ですね。やっぱりバブルなのかしら。物価上昇率も右肩上がりだし、それでいて生活が便利になった実感が全くなく、どちらかというと後退していってる気がします。

大金をつぎ込んでいろんな最新システムを導入しているけれど、人がそのシステムに合わせることを強要されている感じで、何のためのシステムなのだろう?と思うことも多いです。相変わらず、失神しそうなぐらい交通費は高いですし、(地下鉄初乗り4ポンド=1000円って信じたくないですよね?初乗りですよ!)、ちょっとまとまった買い物をスーパーですると、あっという間にお札が飛んでいきます。

もう映画や外食などのちょっとした娯楽を気軽に楽しむという感じじゃないです。いつからこんなに物価の高い場所になってしまったのでしょう。それでいてサービスの質はどんどん低下していってます。

旧正月ということは今日は新月だったんですね。
どういう名目であれ、新しいサイクルの始まりです。
そして、ねずみ年は、干支の一番最初でもあります。

気持ちを新たに、一日一日を大切に、私は物質的というより全体的豊かさ(holistic abundance) を求めていきたいと思います。

2008.02.05

風邪

最後に風邪をひいたのはいつだったか、もう覚えていないぐらいひいていません。風邪をひきかかったことは何度かありますが、なんとなく「ヤバいかも」と感じたら、ビタミンCをたっぷり取って、寝る前にビジュアライゼーションをして、ウィルスと戦う細胞を支援し、風邪のサイクルを一晩で完了させるようにしています。たいてい上手くいって、多少鼻がグズつく程度で済んでいます。

昨日は結局ブッキングが入ったので、トリートメントに行きましたが、家に帰ってきてリビングの部分的な掃除を始めたころからやたらとくしゃみが出始め、喉になんとなく違和感が。「ああ、ウィルスがいる」と思い、まずはビタミンCのサプリメントをとり、野菜をいっぱい食べて最後にサイダービネガー(リンゴ酢)に蜂蜜を混ぜてお湯で割ったものを飲んで寝る前に胸に手をおいてARセルフトリートメントとビジュアライゼーションをして就寝しました。

今日お休みなのをいいことにたっぷり睡眠をとったので、とりあえず今は大丈夫そうですがまだなんとなく鼻と喉に違和感があります。いやだなぁ、風邪ひきたくないなぁ。私の場合は、喉が痛くなったらアウトです。今週はもうブッキングがないので人にうつす心配はないと思いますが、やっぱり風邪は嬉しくないです。

風邪ではなくて、インフルエンザは10年サイクルでやってくるA型の新型ウィルスにもれなくかかっています。(自慢じゃないですよ)。風邪とインフルエンザは別物です。ウィルスの強度が全然違います。太陽の黒点活動のサイクルと、このA型インフルエンザって一致しているんだそうです。ただし、ここ何年かは太陽の黒点活動は絶えず活発なので(フォトンベルトのせいかな?)、インフルエンザ・ウィルスにも影響が出るかもしれないですね。研究しているわけじゃないから詳しくはわかりませんが・・・。

その、インフルエンザに最後にかかって寝込んだのが、1999年の2月でした。あの時は本当につらかったです。そしてその前に寝込んだのが1989年の1月でした。その時に熱が出て寝込むなんて何年振りだろうと考えたら、約10年ぶりだったので、3回は確実に10年サイクルでかかっています。なので、今度の冬は気をつけなければなりませんね。

最近太陽にもあんまり当たっていないから、ビタミンDも不足しているように思います。冬のヨーロッパではビタミンD不足を解消するために、コッド・リバー・オイルなどのサプリメントを飲みます。もともと私はサプリメントがあまり好きじゃないので、今回のように風邪のひき始めとかにビタミンCなどを飲む程度です。サプリメントもフードステート(食物と同じ状態)のものにしています。

本当に風邪ひいたらいやなので、今日も早く寝ることにします。おやすみなさ~い。

2008.02.03

ニッパチ?

2月ですねぇ、ニガツ。2月といえば何だろう?チャイニーズニューイヤー?(=旧正月・今年は2月7日)節分?(もうほとんど終っちゃった。と言うことは明日は立春?)

さっきミクシィニュースを見ていたら、関東地方は大雪なんですってね。普段はほとんど雪は降らない関東南部も、一年に数回ちゃんとした雪が降りますよね。明日の月曜日に仕事に行かなくてはならない皆さん、滑らないように気をつけて、電車ちゃんと動いているといいですね。

ロンドンこそほとんど雪が降りません。ロンドンには述べにすると19年ぐらい住んでいますが雪がちゃんと積もったのを見たのは2~3回です。ほとんど降らない(積もらない)と言っていいと思います。3年ぐらい前のお正月、日本で雪が降って積もったのを見たときにはえらく感動しました。

さてさて、今年のロンドンは異常な暖冬です。天気はイマイチですが気温は例年に比べると高いと思います。あんまり寒くないんです。相変わらず暗かったけど。「うひゃぁ~、さむ~い!!」って言う日がほとんどないんです。異常気象でしょうか。

先日訪問トリートメントの帰り道、ミニキャブのドライバーと世間話がてら、「忙しい?」と聞くと「ぜ~んぜん、ダメ。特に毎年2月はいつも忙しくないので、期待していない」とのことでした。そのドライバー氏の分析によると、「12月のクリスマスで散財し、1月のセールでまたお金を使い、その請求書に直面する2月はみんなお財布の紐が硬くなる」のだそうです。

トリートメントに関しては、一般的に冬は比較的好調なはずですが、私も明日とあさってのトリートメントルームのブッキングは今のところゼロです。まぁ、当初はブリストルへ例のCulture Witnessのお仕事で行くことになっていたのがキャンセルになったので、2週間ぐらい前にやっぱり行きますって事にしたから、ある意味仕方ないのかもしれないと思いつつ、なんとなく今月は暇になる予感がしています。1月が忙しかったから、少しゆっくりしろってことでしょうか。

学生のころのバイト先では、2月と8月にどど~んと仕事量が減り、年配の方から「ニッパチ、と言ってね、2月と8月は商売が停滞するのよ」と教えていただき、なるほど~と思ったものでした。トリートメントは確かに8月も停滞期です。と言うか夏はほとんどダメですねみんなホリデーに行っちゃいます。2月も停滞期なのかもしれません。今まであんまり感じませんでしたが、確かに12月1月とお金を使う機会が沢山あるので、みんな少し自重するのかも、とは思います。

私は個人的には2月は嫌いじゃないです。短い月ですし、この2月あたりから1日1日ものすごい速度で日が長くなっていきます。「もうすぐ春だわ~、お日様がちゃんといるわ~」と言う気持ちになってちょっと嬉しくなるのでした。

明日もあさってもブッキング入ってないなら、これからリビングの大掃除をしようかな~。あちこちに書類の山が積みあがっているんです。(ここはIFA事務局か?)2日あるから少しは片付くかもしれないので、がんばってみま~す。

2008.02.01

睡眠中にしていること

昨日の朝起きた時に、右の肩甲骨あたりに違和感とともに結構激しい痛みを感じました。筋肉痛とかではなく、どちらかと言うとtrapped nerveという感じで、小さな組織か何かが微妙にずれたかして神経に触っているような感覚です。

私は似たような感じの違和感をいつも左側の肩甲骨付近に感じていて、それは痛みとまでは行かないけれど常に「そこにある」要するに「違和感」で、いつもセルフ・クレニオをやって緊張をリリースしていますが、たぶんきちんとCSTなり、SERなりを受けたほうがいいのだとは思っています。

その昨日の右側の痛みですが、起きて痛みを感じた時はやばいかなと焦りましたが、昨日はIFAの仕事のみで、マッサージのブッキングが入っているのは今日の夜でしたので、何とかそれまでに治そうと気を取り直しました。

それにしても起きて激痛って、寝てる間にどこへ行ってたんでしょうか。

実はその前の晩(つまりおとといの晩)眠りに入る前に、これも日本で買ってきた、ドランバロ・メルキゼデクの「マカバ瞑想」のCDをかけて、マカーバーの瞑想をしたんです。このCD、日本語がかぶっている部分は結構聞きづらいのですが、英語のみのものもちゃんと入っています。普段眠りに入る前にこういった瞑想CDとかを聞くと大体半分ぐらいで眠っちゃいますが、おとといは珍しくほぼ最後まで聞いてました。ただ、「あなたのマカーバーがcreate(創造)されました。」って言われたとたんものすごく安心してその後すぐに意識を失ってしまったように思います。(ただ単に眠りに落ちただけかも)

で、次に気がついたときには、右肩甲骨に激痛でした。いったいどこで何をしていたんでしょうかねぇ・・・。あまりにも痛かったので、IFA事務局へ行くまでの間電車の中で、セルフCST、それもヴィジュアライゼーションのみでハンズオンもないCSTを応急処置として行いました。時間がたつにつれ、痛みは軽くなりましたが、夜まで微妙な違和感を感じていました。その晩、このブログの日記を書くときに再び取り出した「ライトボディの目覚め」の中に、症状は私のものとは別のものでしたが、「スピリットに一晩お休みをくれるように依頼しましょう」という一文をたまたま見かけて、眠る前に「今晩はどこへも行かずに体を休めさせてください」とお願いしました。

そして、今朝起きたら右肩はすっかり良くなっていました。おかげでマッサージも無事に行ってきましたよ。なんだったんでしょうね~?

朝起きた時に異常な疲労感を感じたり、考えられないような痛みを感じたりしたときはその晩にスピリットがどこかへ行ってしてきたことに対する体の反応だったりするようです。痛みだと、大抵は体が何らかの意味で抵抗していたり、緊張していたりとかを表しているみたいです。マカーバーに乗ってどこへいったんでしょうか、私?

今晩再チャレンジします。

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